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番外編 バゲージクレームのすったもんだ(2)

クレームNo.11 No.12 No.13 No.14 No.15 No.16 No.17 No.18 No.19 No.20

 
No.11
クレーマー= みさるさん 関係エアライン=エアーカナダ&ファーストエアー

オーロラ・ツアーに行ったとき、トロント→エドモントン→イエローナイフのどこかで 荷物を大量に積み忘れられました。 その時乗ってたほとんどの人の荷物が出てこなかったのです。

荷物がないのに、 夜遅く到着したので、とりあえずすぐに オーロラ観測に行くことになりました。 みんな「凍えちゃう!」と半狂乱でした。 (レンタルウェアーはあったのですが。) 幸いわたしはコンタクト用品など、 最低限のものと防寒具は持ってたので、気分的にラクでした。

オーロラ観測は3晩でしたが、最終日になってやっと荷物が届きました。 オーロラ用に持ってきた大量のカイロや防寒具、そして夜食はなんだったんでしょう??

 
クレームNo.12
クレーマー= べらさん 関係エアライン=エアラインじゃなくてスイスの電車!

ゴルナーグラートから、サン・ブレーズまで、 ライゼゲペック(チッキ)を利用して荷物を送ったとき、 その荷物とはぐれてしまいました。(涙)

途中でハイキングをしながら山を降り、 ツェルマットから電車に乗り、乗り換えて、 ヌーシャテルの1つ手前の小さな駅、サン・ブレーズに金曜日の夕方6時前着。
一旦、ホテルに行き、駅に戻ってかばんを受け取ろうとしたら、 その駅は平日の昼間(4時ごろまで)しか人がいなくて、 土日は休みなのです!!! わたし達は日曜の夜8時にチューリッヒから帰国するのに、荷物が無い!

駅の前には連絡先として、ヌーシャテルとは逆方向の隣の駅の名前と 電話番号が書いてありました。 公衆電話を探したけれど、駅の近くに見つからず、 PTTで電話。でも、誰も出ず、 おまけに書いてあったのは前の電話番号だということがわかりました。 (新しい電話番号くらい書いておいてほしい。) ヌーシャテルに行って、直接話したほうがいいと思い、また、駅に戻って・・・。

すると、植木に水をやってた(らしい)駅員さん(?)がいたので、 ライゼゲペックの紙を見せて、荷物は無いかときいたら、
「ここには無い。月曜日にならないと来ない。ヌーシャテルにある」
と言われて、結局ヌーシャテルに行きました。

でも、そこにも無かったのです〜〜〜。(涙)
サン・ブレーズの駅でわたし達の話を聞いていたおじさんが、 わざわざついてきてくれて(親切(o^^o))、 「ここにあるって言われていたよ」と言ってくれたけど、 無いものは無いのです。

2、3日くらいなら、メインの荷物が無くてもなんとかなりますが、 日曜日は日本に帰る身なので、「とにかく探してください」と言って 、ホテルの電話番号を置いていきました。

その日はヌーシャテルはお祭り。 考えていてもどうにもならないし、楽しもう!って 思ってたら、今度はカメラを盗られるし・・・。

次の日、近郊のアルプアップツークのお祭りを楽しんでから、 夕方、ヌーシャテルへ・・・。
でも、やっぱり無いのです。
昨日もいた窓口のお兄ちゃんに、なんとかしてくれと言うと、 その人は数カ所に電話してくれていて、 「自分にはもうどうしようもない」と言いました。 お兄ちゃんは、 英語が得意じゃなくて、英語が途中でフランス語になったり混乱 してましたが、決して態度の悪い人ではなかったし、 その人にそれ以上言っても仕方ないので、今度は日本の住所も言って、 またお祭りへ行きました。

日曜の朝、もし無かったらどうしようと思いながら、 ヌーシャテルの駅に行くと、、、、ありました!!!
よかったー。
かばんの中身を若干変えて、そのまま、フライラゲージにしちゃいました。

その後のお祭りは、前以上に楽しかったです。

それにしても、歯ブラシと下着一組持っててよかった。
その気になれば、ちっちゃいリュックひとつで、 2、3日なんとかなるものですね。

おまけですが、ヴェンゲンからツェルマットに送ったときは、 友達のかばんのキャリーのところがはがれてたので、 駅の人に言いました。 修理といっても、旅行中で間にあわないので、 交渉の末、キャッシュで30スイスフランもらいました。(このかばんは新品でした)

 
クレームNo.13
クレーマー= べらさん 関係エアライン=ユナイテッド航空

わたしと同居人がポートランドで待ち合わせたときのことです。
わたしが関空からロサンジェルス経由ポートランドへ、 同居人が関空からソウル→サンフランシスコ経由ポートランドへ。
ポートランド着は5分違い、お隣に飛行機が着くはずだったのに。

わたしは無事に着き、お隣の飛行機も着いていたので、 同居人が出てくるのを待ったのですが、いつまでたっても 出てこない。

なんと、 「もう間に合わないから次の飛行機にしろ」 と言われてしまったのだそうです。
で、ポートランドに2時間遅れで到着。
で、荷物は・・・というと、 ちゃんと前の飛行機で来て、 わたしの目の前で回っていたらしかったんです。(笑)

無事、荷物をGETしてレンタカーに乗ったけれど、 その日はホテルがみつからず、車中泊になって しまったのでした。

これも、UAが飛行機に乗せてくれなかったせい・・・。^^;
もう2時間早く行動できていれば、ホテルも見つかったと思うんですけどねぇ。

 
クレームNo.14
クレーマー= テツさん 関係エアライン=エールフランス

成田空港を21:55発、シャルル・ド・ゴール空港で乗り換え、 翌朝7:55、オランダはスキポール空港に到着。長い長い通路を歩いてやっと荷物受取所に着き、 ターンテーブルで自分の荷物を 探しますが、待てど暮らせど出てきません。 ついには私一人になってしまいました。
ひょっとしたらこれが噂に聞くやつかしら?・・・「バッゲージ・ク レーム」はどこ? 近くにあった航空会社の受付に走り、「ダッチ・ ポート・オフィス」という場所をなんとか聞き出しました。

一方通行の通路を逆走、小さな部屋の扉を開くと、全く 忙しそうには見えない女性が一人座っています。おくつろぎのところ申し訳なく思い ながら(?)、「私の荷物が無くなってしまいました!どうしたらよいのでしょうか ?」大犯罪に巻き込まれたような被害者のように涙目で訴えました。しかしそこはベ テランの係員、書類を広げてきわめて事務的に話し始めました。
「どの飛行機でしたか?出発地はどこですか?バッグの色と形は?カギ はかかっていますか?サムソナイトですか?中身は何ですか?ドラッグは 入っていますか?お酒は?タバコは?」
まるで先生に怒られている生徒のような気分です。
私が答えるそばから キーボードを打って書類を作成、 すぐに「PROPERTY IRREGULARITY REPORT」という紙 をくれました。ちなみに書類のチェック項目には「麻薬類」「兵器」「大金」「食 料」などというものがありました。

最後に私が「あなたは私のかばんがどこにあると思いますか?」と質問した ところ、即座に「シャルル・ド・ゴール!」との答え。よくあることのようです。

万一に備え、本当に大切なもの(1泊分の下着、シェイバーや 仕事の資料など)は手荷物に入れておいたので、多少の不便はあったものの、なんとかなりました。また、 「空港の係員に荷物の中身を抜かれる」場合は「かぎを壊される」もしくは「バッグ ごと消える」と聞いていましたので、カギはかけていませんでした(でも、ジッパーなので荷 物室の中でも開くことは無いでしょう)。

結局荷物は翌日の昼頃、ホテルに届きました。
中を見てびっくり!中身を全て チェックしたようで、ビニールは破かれ、きれいにたたんでおいた衣類は全てクチャ クチャにされ、袋という袋は穴があけられ、挙句の果てにタバコのビニールまで破か れていました。幸いにも無くなっている物はありませんでしたが、 頭に血が上ったの で、その場でその航空会社の日本事務所に国際電話をかけ、「これこれこういう事があった、 荷物グチャグチャです」と報告をしておきました。

ロストバッゲージになった原因をあれこれ考えましたが、 シャルル・ド・ゴール到着が早朝(4:20)だったため、ひょっとしたら、 荷物乗せ換え係がまだ来ていなかったのかも。
また、荷物があけられたことに関しては、「不審物」として扱われたのかもしれませ ん。最悪の場合は爆破(!)されてしまうそうですから、 運が良かったと思うべきなのかな。。。

これはNo.9と同じ、 エールフランスの夜便ですね。
夜寝ている間にヨーロッパに行ける、オイシイ便なのですが
早朝のパリでのトランジットはヤバイのかしら・・・?
それと、オランダからの国際電話代が気になります。
聞いた話ですが、こういうものも、交渉次第では支払ってもらえるとか。
(かおる)

 
クレームNo.15
クレーマー= HAさん 関係エアライン=ユナイテッド・ルフトハンザ・全日空

約1ヶ月間、出張でアジアから欧州各国を廻り、 いよいよ帰国というとき、トラブルが起こりました。 帰国の際の航空券代を最小限に押さえるために、世界一周チケット を買い、アメリカ経由で帰国する予定でした。

帰国旅程は、「ボローニャ(LH) ⇒ フランクフルト(UA) ⇒ シカゴ(UA) ⇒ ロサンジェ ルス(NH)⇒成田」でした。
フランクフルトに時間通りに到着後、 ユナイテッドのカウンターに行き、チェックインを行おうと したところ、
「今、チェックインはクローズした」
と呆気なくチェ ックインを断られてしまいました。でかいフランクフルト空港を一生 懸命走り、17:00発の飛行機のチェックイン締め切り時間である16:20 にぎりぎり間に合ったのにも関わらずです。
交渉の余地も全く無く、途方に暮れていると、
「となりにあるチケットカ ウンターに行け」
と言われる。そこで15分ほど並び、カウンターへ。係 員が驚いた様子で、
「なんでここに並んでいるんだ!チェックインはあ っちだぞ。」
と先に断られたカウンターを指差しました。その指の先で は、先ほど私のチェックインを断った女性が楽しそうに私語に没頭中。
私「あそこで断られたんですが。。。」
係員「荷物はどうしたんだ?」
私「ボローニャでロスまでということで預けてます。」
と言ったところ、私のクレームタグを取り、何やら 調べています。 そして、
「今すぐゲートに行け!走れ!」
と言われ、走りました。

アメリカ行きの手荷物検査やボディーチェックは、同時多発テロ以降、相当時間が かかります。走って走ってゲートにたどり着いたところ、 まだボーディングは始まっておらず、乗客はゲートに全員待機中といっ た様子でした。カウンターに行き、事情を説明すると、
「ボーディング パスが無いなら、別のカウンターに行きなさい。」
とまた、違う場所を 指差されました。そのカウンターに行き、少し並んだ後、再度事情を説 明すると、
「あなたは搭乗出来ない。 ルフトハンザにクレームしなさい。
とのこと。また、散々と長距離を走り、ルフトハンザカウンターへ。老 人が一人、同じような状況にいるらしく、クレーム中でした。私も同じ であると、再度事情を説明、すると、
「ボローニャからの飛行機は時間 通りに着いたはず。ユナイテッドの問題だ。
と言われてしまったので す。

私は完全に「キレ」てしまいました。ルフトハンザのカウンターで大声 を上げて文句を言いました。すると、同じような状況の乗客がもう一人 現れ、その人も隣のカウンターで大声で怒鳴っていました。ドイツ人の ようでした。ルフトハンザは対応をしてくれ、私は香港経由で帰国する こととになりました。そこで改めて、手荷物の確認を行いました。

係員「クレームタグが無い。」
私「ユナイテッドで取られましたけど。これしかありません。」
係員は「??」 という顔をしていましたが、
「香港行きが出発する前に確認を取る。東 京で受け取れるようにする。」
と言ってくれました。ようやく香港行きルフトハ ンザ機に搭乗。出発がやや遅れていました。「乗 客の方の荷物が見つからないので遅れています。」というアナウンスが流れていて、「自分のことだな。。」 と思いました。

飛行機は無事、香港に到着。そこで、全日空に乗り換え、成田に向かう 予定となっていました。トランジットカウンターへ。そこで、チェック イン、再度の荷物確認を行ないました。私は、
「何度も同じ状況を説明 するのは嫌なので、成田が状況を把握できるようなレターを発行してく ださい。」
と頼むと、香港のキャセイの係員は、フランクフルトと 成田へテレックスのメッセージを送ってくれるということになりました。
荷物は東京に必ず着くから安心してください。 成田に着いたら、全日 空手荷物カウンターへ行ってください。」
と言ってくれたので、安心し て全日空に搭乗、成田へ向かったのです。

結局、私の帰国旅程は、 「ボローニャ(LH) ⇒ フランクフルト(LH) ⇒ 香港(NH) ⇒ 成田」 となりました。
アメリカでのホテルキャンセル料も馬鹿にならないな。。 会社は払ってくれるかなぁ、など考え、憂鬱な気分になっていました。

無事に成田に到着、指示通り全日空手荷物カウンターへ。そこで、
「メ ッセージが香港から行ってると思います。名前はXXXと申しまして、荷 物の確認をしていただきたいのですが。」
と話をした。ところが、全日 空は何も把握していなかったのです。再度、事情を説明。また、かばん の色、特徴、中身について質問を受けました。タグ番号が無いことも説 明。すると、全日空は淡々とルール規定について説明を始めたのです。

  1. 航空業界ではお客が最後に乗った航空会社が荷物紛失については捜索 責任を持つ。
  2. 捜索は5日間行い、見つからない場合は航空会社に責任はない。
  3. かばんの暗証番号、かぎを預ける必要がある。
  4. タグ番号が無いので、見つかる可能性は低い。(こちらが紛失したか のような口調)
  5. タグ番号が無いので、賠償責任も無い。

私は怒りを通り越して呆れてしまいましたが、とりあえず、以下のよう なお願いをしました。

私「海外で私と関わってきた職員は、時間と場所が判っているのだ から直ぐ確認できるはず。その人たちに現状、タグ番号を確認してもら って欲しい。」
全日空「その者たちの名前がわからないので。」
私「勤務時間から割り出せるはず。カウンター番号も全て記憶して いる。」
全日空「時差がありますので。」
私「やってくれないという意味か?」
全日空「通常行っておりません。 日本人同士、私達のやり方を信用 して任せてください。毎日状況をご連絡申し上げます。

私は怒りが収まらなかったが、取り合えず帰宅しました。そして、自ら も旅行会社(HIS)に連絡を入れたり、ドイツの知り合いに頼み、ルフ トハンザにコンタクトを取ってもらい、調査依頼を出してもらいました。

その後の経過:

1日目
全日空からの連絡を待てず、自ら電話。 なかなか繋がらないフリ ーダイアル。ようやく繋がったが、状況は何も変わっていなかった。

2日目
全日空(女性)から連絡あり。状況には何も変化なし。似ているバック があるので、と中身について再確認を受けたが、自分のものではなかっ た。再度、調査を強くお願いしたところ、
「5日間を過ぎても担当者を つけ、捜索は継続する。」
と回答あり。

3日目
全日空(男性)から連絡あり。状況には何も変化なし。ボローニャ空港 のデータベースについて、ルフトハンザから回答があったと連絡あり。 (ちなみに、ルフトハンザに調査依頼を出したのは私。)タグ番号は2 日間でデータベースから消えてしまうということ。私は再度怒りが込み 上げてきました。
「空港に着いたとき、調べてもらうようにお願いしま した。その時、全日空には断られました。今になって調べて、もう消え ていますというのはおかしいのでは?!」
すると、「まあ、そうかも しれません。」と気の無い返事。
「5日間過ぎても捜索を止めるわけで はない。」
と再度確認してくれたのが救いだった。

4日目
全日空からは連絡無し。(全日空は連絡したと言っているが着信履歴無 し。携帯はスイッチは切っていない。) ルフトハンザ(HIS経由)から、 タグ番号が判明できたと連絡あり。

5日目
全日空にこちらから連絡。状況を聞いたが、変化なし。
「今日で5日目ですので、捜索は今日で終了です。」
とのこと。
私「話が違います!!!!」
全日空「確認します。電話折り返します。」
しばらくして電話があり、
全日空「やはり捜索は終了で。最初にご案内し た通りです。」
私「その後の電話での捜索継続の確認について はどうなのか?」

全日空「そういうことをいった記録はありません。」
さらに、
「それでは保険のご案内なのですが。」
と海外損害保険に ついて淡々と説明し始めた。そんなものは聞かずとも全て承知している。
「ちなみに航空会社の賠償は、もし賠償する場合でも1キロ20ドルで す。」
もう呆れた。

さらに全日空の女性は偉そうな口調で説明を続ける。
「あなたの荷物は 受け入れの記録がないので、全日空が紛失した訳ではありません。全日 空には5日間の捜索義務しかありません。ですから本日で捜索は打ち切 りです。」
私「タグ番号が判明したのですが、それでも 見つからないのですか?
すると、「お電話折り返します。」とのこと。 しばらく待って、電話が掛かってきた。
全日空「タグは見つかったという情報 はないのですが、どの係員からの情報ですか?」
私、「私が自分で 調査依頼をルフトハンザさんに出したんです。聞いてないのですか?」
全日空「タグ番号が無くてもあっても同じです。それが決 定的というわけではありません。もう5日経っていますから、見つかる 可能性はかなり低いです。」(最初の時と言っていることが全然違う。)

私「全日空はどのような捜索をしているのですか ?私の方がいっぱい情報を持っているというのはおかしいんじゃないで すか?」
全日空「航空会社共通の端末に上がってくる情報を見てい ます。外国とのやりとりは時差がありますのでメールです。」
私「では、こちらが提供している情報をもとに探してくれているというわ けではなくて、 端末を見ているだけということですね。
全日空「そうです。他にも沢山お客様はいますので。」
私「全日空が荷物を無くした訳ではないという のは理解する。荷物が全日空に乗っていないから。それは理屈としては 分かる。しかし、それはお客の責任なのですか?本来、全日空に乗るべ き荷物が乗っていなかった。それは私の責任なのか?別の飛行機会社の 責任だと言うのであれば、全日空がその飛行機会社に捜索させるとか、 捜索業務を引き継ぐとかがあって当然じゃないのか?お客に対して、私 達の責任じゃないので5日間後は知りませんと言うだけなのですか?」、
全日空「通常、そういうことは行いませ ん。私達の責任はありません。航空券の裏側にも書いてあります。今回 は、特別にルフトハンザに依頼してみますが、ルフトハンザが了解する 保証はありません。お客様がフランクフルトでトランジットされた際、 荷物を目で確認されていないのが悪かったのです。
私「はぁ???ト ランジットの時にどうやって荷物を目で見るのですか?係員には確認し てますよ。」
全日空「そうですが、確認をしていないのはお客様ということ ですから。ルフトハンザもそういうことを言う会社ですよ。ここだけの 話ですけど。」

全日空の対応に呆れ果てた5日間でしたが、ルフトハンザさんが今後も 調査をしてくれることを祈るばかりです。パソコンや、貴重な資料、ス ーツや衣類他で、被害総額は100万円弱くらいでしょうか。。

海外で事故があったときには
必ず「紙に書いたもの」をもらうのがコツです。
名刺とか、証明書とか。(東風さん)

すべての原因となったユナイテッドのチェックイン、 No.13と同じですね。
なるべく客を乗せないのが社風なんでしょうか?(かおる)

 
クレームNo.16
クレーマー= ゆきみさん 関係エアライン=エールフランス

2002年の夏、成田からパリへANAで、パリ乗換えでボルドーへエール・フランス で行った時のことです。荷物はスルーでした。 ゆきみと、ゆきみ妹(花世)と、ゆきみ夫の3人旅です。

あとから考えれば、当然のことだったかもしれません。 まず、パリでの乗り換え時間が1時間しかなかったこと。 それから、ボルドー行きの便がオーバーブッキングだったらしく、振替便に乗る人を 募っていたこと。(しかも、この便はシャルル・ドゴール空港からではなく、オルリー発とのこ と。これも怪しい。)

しかし、私たちが、あれっと気づいたのは、ボルドーで荷物を引き取ろうとターン テーブルの前で待っていた時でした。 私たちの便に乗っていたらしい荷物を空港職員2人がフロアーの端に集めていたの です。 日本だったら、団体旅行の分かなぁと思うような光景でした。 しかし、その荷物がどんどん増えてゆき、書類片手の女性職員がやって来てチェック を始めた頃には、嫌な予感がしてきました。 なにしろこれが全部見物できるほど時間がたっても、まだ私たちの荷物が出てこないので す。 その時、案内の放送が入りました。
「パリからの便の荷物は全て出ました。荷物が出て こない方は事務所へ。」

それっとばかりに走る人たちと一緒に、それらしきあたりに駆け込みました。 身構えていた私たちは列の2番目。 ゆきみと花世は、それぞれ1度、ロストバゲージを経験していたので、 何を訊かれるかはよくわかっていて、手続きはすらすらと済みました。

そして、これも経験を生かして「洗面道具をもらえますか?」と訊いてみると、 すぐに3人分の洗面道具バッグが出てきました。目ざとい私はそのバッグにピンクの シールが貼ってあるのに気づき(苦笑)「女性2人に、男性1人なのですが」と 言ったのですが、「男性分はもうありません。」との答えでした。

空港職員の人はとても感じがよかったし、なかなかおしゃれなバッグを 1つずつも らえたし、荷物も今夜中に届きますとのことだし、うん、不幸中の幸いって感じかな とかなり気楽に宿に向かいました。 というのは、またもやロストバゲージになろうとは露ほども予感していなかったのですが、 ネタとして、1人1泊分の下着その他を手荷物に入れてあったのです。 「荷物作りをしていた数日前の自分」にお礼を言いたい気持ちでいっぱいでし た。 到着が土曜の夜でしたので、何も持っていなかったら、衣類も買うことができなかっ ただろうと思うとぞっとします。

荷物が届いたのは、ゆきみとゆきみ夫分は翌日の深夜。つまり荷物を宿の人から受け 取れたのは2日目の朝でした。花世の分はさらに遅れて2日目の夕方でした。 宿のマダム達も気にしてくれて、空港に電話してくれましたが、土曜・日曜だったので連 絡がつかず、結局ただ待つ羽目になりました。 そのときのマダムのお言葉は
「電話をしようがしまいが、荷物は着く時に着くのよ。待 つしかないわ。」
!!!!これがフランスの「セ・ラ・ヴィー」の精神なんでしょうか。すばらしい。 (思わず聖書の「全てのことに時がある」とかいうのを思い出しちゃいましたよ。)

さて、エール・フランスからもらった洗面道具バッグですが、すばらし いの一言に尽きます。 さすがフランスのセンス。 形がいい、おしゃれ。 中身が素敵。

・腕のところにグレーで小さくエールフランスのロゴが入ったTシャツ1枚(男性サイズ)
・小さなポーチに…
・歯ブラシ、歯磨きセット。何気ないけど形がおしゃれ。
・櫛、ヘアーブラシ
・シャワーキャップ
・髭剃りセット シェービングクリームつき
・固形石鹸(L'OCCITANE製)
・シャンプー、コンディショナー(L'OCCITANE製)
・化粧落としクリーム(乾燥肌用、敏感肌用1点づつ)(L'OCCITANE製)
・化粧用コットン
・ミニタオル
・デオドラントスプレー(L'OCCITANE製)
・オー・ド・トワレ(L'OCCITANE製)
・綿棒、紙やすり、爪の甘皮押しのセット
・生理用品1個(緊急用ね。1個じゃ足りない…)
・コンドーム1個(1泊でも必要なのか…でも1個で足りるのか…?)

しみじみ、「フランス人が1泊に必要だと思っているもの」に関する考察を行いまし た。

あと、これはちょっと思ったことなのですが。
イギリスでは、かおるサンのが結局行方不明だったでしよう? 妹達の新婚旅行では、結局花世旦那の荷物だけが遅れたんです。 今回は、花世の荷物だけが半日遅れ。
この3つに共通するのは「ネームタグ」。
かおるサンのはついていなかった。 花世旦那のは、本人のではなかった。 花世のは、日本語のみの表記だった。
…もちろん、クレームタグの番号で処理しているはずだけど。
ゲンかつぎで、ちゃん とした目立つネームタグをつけようと決意しました。さて、どうなることやら。

 
No.17
クレーマー= 夜梅さん 関係エアライン=スカンジナビア航空

成田→コペンハーゲン→マドリッド、の予定でした。
ですが成田でチェックイン した際、
「出発時刻が変更になりました。コペンハーゲンでの乗り継ぎが不可能 ですので、コペンハーゲンで1泊していただきます。ホテルはこちらでご用意い たします」
と当たり前みたいな顔で言われました。よくあることなんだろうけど 、客商売なんだからもう少し申し訳なさそうな演技でもしたらどうだと言いたく なるくらい、面の皮の厚そうなねーちゃんでした。マドリッド到着が夜になるか らと宿を予約しといたのに、国際電話で夜になってからの当日キャンセルかとウ ンザリ。

そしてさらに、コペンハーゲンに近づいた頃、
「悪天候によりコペンハーゲン空 港が閉鎖されておりますので、ストックホルムに着陸いたします」
もうどうにでもして。
着陸後、混雑を避けるためか最終目的地別に順番に飛行機から降ろさ れました。代替機で飛ぶ人たちもいたようですが、我々マドリッド組はストック ホルムで1泊することに。この時点で1日が無駄になることはわかったので、翌 日予定していたトレド行きを断念しました。トレドの宿は予約していなかったので、 ラッキー。
トレドを取りやめたため、翌日はマドリに宿泊することにしたので、マ ドリの宿はキャンセルでなく日をずらすということになり、電話するのも気が楽 になりました。どうせ安宿なのでキャンセル料とかは発生しないでしょうけど、 気持ちの問題。

ストックホルムで用意されたSASラディソンは4つ星ホテル。トレドに行けないのは残念だけど 、宿のグレードは上がったよなと連れも笑っていました。
しかし「シングル2つ か、同じ部屋か」と訊かれ「2人同じ部屋で」と言ったら、ダブルベッドにされ ちゃいました。「ま、いっか」と受け入れましたが、同じことされて部屋を変え てもらってた人もいました。20代の息子とお母さんじゃねぇ…。
ちなみに夕食も ついたし、かけあってみたところ、マドリッドへの電話も無料になりました(3 分以内で済ませてと頼まれましたが)。

で、翌日の午後にはコペン経由でマドリに着いたんですが、案の定ロストバゲー ジ。
成田から一緒だった団体さんがいて、添乗員さんが37人分(!)の荷物のク レームを出してました。当座の必需品を買うにも日程がきつくてスーパーに寄っ てもらう時間も取れないから、お客さんから注文を受けて添乗員さんがまとめて 買いに行くんだそうです。大変ですね。

翌朝になっても荷物は来ない。何の情報も来ない。
3日後にはマ ドリに戻るし、移動先に送られてもかえって混乱しそうだから、荷物はマドリに 留めといてもらうことにして、予約してるマドリの宿の連絡先と宿泊予定日を伝 えときました。
で、小さなデイバッグを背負ってスーパーの袋下げて、身軽な旅 行を開始。連れは保険で賄えるからとカバンや上着を買って「得した」と喜んで たけど、私は靴下の替えと寝巻用のTシャツだけ買いました(何か買って持って 帰ったらまた自分の部屋が狭くなる・・・)。今回どのホテルにもタオルが付い てて良かった。

さて前述の添乗員さんにも「荷物がどうなったかしつこいくらい電話しろ」と言 われてましたし、それが常識なんでしょうが、「どうせ周遊中は受け取る気ない し〜」と放っといたんです。で、セゴビアからマドリに戻る列車に乗る直前に、 荷物がどうなっているのかを確 認すべくバゲージクレームのオフィスに電話したら、
「自宅に送られましたよ」
なにぃ?
「自宅って、あの、日本の自宅ですか?」
「ええ」
もう大笑い。
今からマドリに行くところだと言うと相手も笑い出してました。面倒 くさがって電話しなかった罰ですね。
まぁその時点ではもう荷物が無くても平気 だという気になっていたので、「何のた めに荷造りしたんだか」と笑い話にしてしまいました。
しかし宿に着いてみると 、おばさんが「一昨日、空港から荷物が届いたわよ〜」と出してきてくれるでは ありませんか。日本に送られたんじゃねーのか。どーなっとんじゃ。

最後2泊だけは何不自由なかったわけですが、 「今さら要らんわ、ホンマに日本に送 っといてくれたら良かったのに」と思っちゃいました。
ま、使い捨てるつもりで日数分持ってきたボロボロ靴下を 少しは処分できて良かったです。でも外出時に使おうと荷物に入れてきた小さな ショルダーバッグは、手元に戻ってからも使うことはありませんでした。なぜな らそのとき既に、ガイドブックから破り取ったページも水のボトルも何もかもジ ャケットのポケットに突っ込んで持ち歩くのに慣れちゃってたからです。財布は ファスナー付きの内ポケットに入れてました。荷物も、外出時の身の回り品も、 本当に少なくて済むもんなんですね。

ちなみに、連れの得た教訓は、「預け入れ荷物には必ずネームタグを付ける」「 飛行機の中で邪魔になるからって上着を預け入れ荷物に入れるのはやめる」「ス カンジナビア航空は使わない(特に冬季)」だそうです。

 
No.18
クレーマー= ソルさん 関係エアライン=全日空・ルフトハンザ航空

1月22日に、成田発全日空便・フランクフルト経由ルフトハンザ便でマドリッドに着きました。 すると受託手荷物2ケのうちスーツケースが出てきません。
早速クレームカウンターで手続きを済ませました。が、連絡先住所を口頭で聞かれただけ。 不安になって、 確認を求めたら「ちゃんと記録したから大丈夫!」と一方的に窓口を閉められました。
そのとき既に夜中の12時をまわっていたので、早く帰りたかったのでしょうね。

それからが大変です。
ルフトハンザから連絡はろくに来ない。
旅行会社がプッシュしてくれ、ようやくそれらしいモノが見つかったが、タグがないので中身を教えろ、ときた。
そのあと「確認したから送る」「確認が遅れた、明日になる」「再確認の結果、おたくのではない」「紛失扱いにする」など 情報は二転三転。
27日になって、やっと明日届ける、という連絡が。
ところが初めのクレーム係員(女性)がやはりタイプミスしていたのでしょう、 運送会社が聞いた住所は1文字違いで違っており、そのうえ当方の連絡電話番号も伝わっていないので 荷物は届かずじまい。

しびれを切らせて運送会社に直接電話をし、28日の夕方、50キロも離れた町までわざわざ取りに行きました。 運送会社の人も困っていたようで、同情してくれましたが、なんとそこで判明したのは、ルフトからの指示は 31日の月曜配送だったとのこと。
「お客様」というものを、どう考えているのでしょうね。

時間も正確だし、信頼していたのに。
いざというときの対応に弱い会社のようです。ルフトハンザは。
クレームが多いと評判のイベリア航空のカウンターが隣でしたが、そちらの係員が親切にてきぱき対応していたのが 印象的でした。
協力を求めた全日空も、建前を並べるばかりで冷たい態度でした。

 
No.19
クレーマー= MARIMOさん 関係エアライン=KLM・マルタ航空

あれはマルタにホームステイをしに行ったときのこと。 残念ながらマイレージを貯めているKLMにマルタ便が無かったため、スキポールから先は マルタ航空だった。思えばこれが間違いだったのか。。。

乗り継ぎ4時間をAMS市内のアイスコーヒー事件でもめたりしながら過ごし、いざマルタへ!
マルタのレア空港ではまず、ターンテーブルの出口で自転車入りの段ボールが詰まった。 フツーはターンテーブルには載せないって。 それでも無事に相棒(=自転車) は出てきた。
あれ? メインのバックは? もしかして初のロスバケ?
やってくれたよ、マルタ航空・・・
クレームを付けると、バックは未だスキポールに有るらしい。 自転車には乗れるし、まあいいかなんて思っていたのだが、肝心な事を忘れていた。
自転車のペダルはメインのバックに入っていたんだ!!

それも私のマシンのペダルは 特殊なシステムなので、マニアな店でしか手に入らない代物なのだ。 そして、マルタにはそんな店は存在しなかった。。。

翌日、ホストマザーが空港に問い合わせてくれて、 「バッグは今日中に届く」という回答を得た。
その日は休日だったので、バレッタ(首都)のマーケットへ着替えを買いに行った。マルタは衣類が激安。全部でたったの1000円ときてはキャリアに請求する気にもなれない。
その晩、同じステイ先に来る人を、近所のトニーおじさんと一緒に レア空港に迎えに行った。空港に着いて、係員に聞いてみると、答えは昨日と同じ「明日来る」
この時点で既にマルタ気質を悟っていた私は「そんなもんだわね」と開き直った(笑)

翌日。
すっかり仲良くなったトニーおじさん、いつの間にか「ブラザー・トニー」となり、彼の オンボロ車でマルタ観光をした。
それはそれでとっても楽しい観光だったのだが、 この日もバッグは届かず。もしかして消滅?・・・

そして3日目。
今日は自力でオフィスに電話を入れるもラチがあかず、これまたオンボロの マルタバスで空港へ。
あった!ありましたよ!私のバックが!! マルタ到着3日目にしてやっと相棒が息を吹き返したのでありました。

「禍い転じて福となる」というか、何というか、自転車不動期間中も非常に 楽しかったので、余り怒る気にもならないロスバケだったのでした(笑)

 
No.20
クレーマー= 東風さん 関係エアライン=ルフトハンザ

(管理人注:これはロストバゲージ体験ではないのですが、参考になる点もあるので掲載しました。)

成田からフランクフルトに行ったのですが、到着したのはなんとアメリカ発着便のターミナル部分。本来のターミナルへはバスで移動することになりました。
入国手続き後、指定されたバゲッジクレームのターンテーブルへ行くと、成田便は2便分の後との表示が出ていました。前の便の人たちもかなり長時間足止めされている様子です。
それもどうにか片付き、いよいよ我々の番だと思っていたら、「プライオリティー」タグ以外のスーツケースは少ししか出てきません。それも大部分が団体さんのもの。むなしく空のターンテーブルが回るうちに、関西便だか名古屋便の荷物の案内表示が出ました。
すると荷物が揃っていない団体さんのツアコンさんの声が聞こえました。
「ああ、全部の荷物はつかなかったようです。もうこれ以上待っても無駄ですからバスに乗りましょう。荷物のない人は私に申し出てください。ロスバケですね

何を理由に? 見ると「成田便の荷物は終わりました(意訳)」という文字がターンテーブルの画面上に出ていたのです。
その瞬間、個人旅行客に動揺が走ったのは言うまでもありません。ロスバケ申請に行った個人旅行客も少なからずいました。
今回、私は2日おきに移動の旅。「面倒なことになりそうだけど、ネタになるわね」と思ってみていると、 テーブルにやってきた若い女性空港現地職員が「ロスバケではありませんけれど、もう少し待っていてください。絶対出てきますからね」と言っています。
どのくらいかかるのかと尋ねると「わからない。でももう少し待って」を繰り返すばかり。
トランシーバーでのやり取りの後、いつもと違うターミナルに着いたのが原因だと説明をしてくれました。
団体さんが外に出かかった頃にようやくターンテーブルが動き出し、いよいよ我々の荷物が!
40分以上待った甲斐がありました。職員は私のように質問してきた人のところへやってきては「ああ、よかった。荷物はあったのね、ごめんなさいね」と声をかけていました。
団体さんの荷物は、ポーターさんが集めていました。おそらく全員分の荷物をピックアップできたことでしょう。

教訓:ツアコンさんの言うことはツアー内でのみ有効。個人旅行客は自己責任。

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