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| 投稿者= じゅんさん | 場所=ベトナム | 時期=1997年10月 |
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「ベトナムにおける被害」に書いたように、
ホーチミンでシクロの運ちゃんとけんか別れしてから、
1人でドンコイ通りを歩いていてサイフをすられたのだが、その翌日、ベトナムの古都フエを訪ねた。 船長が「何か書いてくれ」と差し出してきた大学ノートには、乗船した旅行者の感想が書かれていた。正直に漂流して流されたことを書いておいた。まあ、乗ってからこれを読んでも手遅れなんだけど・・・何を書いたかわからない船長は喜んでいた。 |
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| 投稿者= じゅんさん | 場所=ベトナム | 時期=1998年10月 |
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97年にホーチミンとフエに行き、シクロのおにいちゃんにぼられ、ドンコイ通りでサイフをすられ、フエの川に流されたぼくでしたが、おいしい食事とアオザイを着たかわいい女の子を見たさに、98年秋にも懲りずにベトナムに行っちゃいました。 ハノイにはサーカス場があります。社会主義国のサーカスは、日本のようなキワモノ芸ではなく、れっきとした芸術です。ぜひ見ねば。でも今日やっているかわからない。ホテルの人に訊くと「ある」と言う。不安なので、街歩きの途中で寄ったCDショップでも訊いてみたら、やっぱり「今日はあるよ」と言います。 でもって、行ってみたら、公演日じゃない。知らないのなら知らないと言えばいいのに。これってベトナム人の欠点ですね。
しかたがないので,ベトナムの伝統芸能である水中人形劇を見に劇場へ行くことにした。 男2人体重合計150キロを乗せたシクロは、ゆっくりと進んだ。
ホーチミンもハノイも、市街地の中心部はシクロ乗り入れ禁止なのです。あの運転手が最初から断っていれば、我々は多分、バイクタクシーで行ったことでしょう。1万5千ドンで劇場まで行くと約束した以上、禁止区域を迂回してでも行くべきだと思います。それを中途半端なところで降ろした上、後は歩いて行けというのは信義則に反します。 我々2人は、暑い中、劇場の開演時刻を気にしながら、早足で歩いて行かざるを得ませんでした。 ぼくは料金を踏み倒そうとしたわけではありません。距離が3分の1だから5千ドン払うと申出たにもかかわらず、受け取りを拒否したのです。 ベトナムはこれから発展する国です。だからこそ約束は守って欲しいのです。解説終わり。 ホーチミンの敵をハノイで討ったじゅんでした。でも今思い出すと、ちょっと胸が痛みます。 |
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| 投稿者=じゅんさん | 場所= イギリス | 時期= ?年 |
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はじめての海外旅行でヨーロッパを旅したときのことです。
最初の訪問都市ロンドンに着いて、街を歩いていると50才位のおじさんに話しかけられました。おじさんは大変な日本びいきで、日本のことをよく知っています。誘われるまま、一緒にレストランに行き、
食事をごちそうになった後、車でロンドンを案内してくれると言うのです。
このおじさんがもっとタチの悪いホモだったら、今頃ぼくはアメリカ映画のようにハイドパークの土となっていたかもしれません。ロンドン到着初日の危ない経験でした。 教訓 知らない人の家にのこのこと行ってはいけません。 |
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| 投稿者=かおる | 場所= フランス | 時期= 1999年12月 |
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風邪で胃をやられ、リジューで2日間ダウンした 「夢は枯れ野を」の続きです。 「ミレニアムの暴風雨」にずたずたにされたフランスの鉄道網だったが、 ほとんどの地域では、1日で復旧した。 ところが、よりによって、私がいるノルマンディー地方---パリのほんの目と鼻の先---だけ、復旧が遅れた。 朝昼晩と駅に通い、当時ロンドン在住だったふゆきに 電話で「まだ行けない」と連絡を入れ、あとはホテルのベッドで寝て過ごした。 2日目の夜、ホテルのおばさんが「明日の朝から電車が動くって、ニュースで言ってたわよ」と教えてくれた。
翌朝、まだ薄暗い中をリジュー駅へ急ぐ。 こうして、パリのサン・ラザール駅にたどりついたのだった。 電車が正常に運行していれば2時間もかからないはずのところを、 4時間以上かけて。
時間はかかったが、きわめてスムーズだったという印象が強い。
なにしろ静かだったし。
パリに着くと、すぐさま北駅に行き、ユーロスターの窓口に走った。
持っている切符(前日のもの)を見せて、こう言った。
ロンドンに着いて、
ふゆきたちがアフタヌーンティーしているホテルに、タクシーで駆けつけた。
普段はタクシーなんか、絶対に乗らないのに。 |
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| 投稿者=べらさん | 場所= フランス | 時期= 2003年9月 |
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ロワール、ブルターニュ、ノルマンディーを車で廻ってきました。 |
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| 投稿者=こたろうさん(女性) | 場所= クロアチア | 時期= 2003年夏 |
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クロアチアのドブロブニクでのこと。
しかし、4泊した朝、シャワーを浴びていると、誰かがドアをノック。あわてて出て行くと、おじさんがいて、 ドブロブニクがほんとに素晴らしい町だっただけに、残念です。 |
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| 投稿者= デルタダートさん | 場所=イギリス | 時期=2005年5月 |
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今年のGWにイギリスに行ったときのことです。 日本に帰ってメールをチェックすると、キャンセル確認のメールが届いていました。その日付は私がロンドンに移動した日・・・。
結局、最初予約していたホテルからのカードへの請求は無かったので、そのまま放置してしまいました。
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| 投稿者= ゆきみさん | 場所=スペイン | 時期=1999年夏 |
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スペインのセビジャの宿を、日本から電話とファックスで予約していきました。カード番号は伝えてありませんでした。確か、カード番号はいらないと言われたのだと思います。 予約のとき、「午後遅くなる」とちゃんと伝えてありました。
トレドの駅を出る前に(午前中)、一応確認の電話を入れたところ、「今すぐ来ないなら、あなたの部屋はない」と言われました。
だから、被害はありませんでしたけど。デルタダートさんと同じく、一瞬の精神的圧迫が辛かったです。 ちなみに、予約を受けてくれたのは、おじさん。「部屋はないよ」と言ったのはおばさんでした。 |
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| 投稿者= カシオペイヤさん | 場所=アメリカ | 時期=1997年 |
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これはどちらかというと「冷や汗」ネタですが、広い意味の「すったもんだ」であると判断しました。(かおる) ラスベガスで、グランドキャニオンへ行く小型飛行機に乗りました。16人乗りくらいの小さな飛行機数台に、各地から集まった日本人のツアー客が分乗して行くというもので、パイロットと乗客とで飛行機ごとに記念撮影をし、次々に乗りこんでは飛び立っていきました。
「気流が不安定なグランドキャニオンで小型飛行機に乗るのは |
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| 投稿者= HALLさん | 場所=中国 | 時期=2000年 |
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これはどちらかというと「冷や汗」ネタですが、広い意味の「すったもんだ」であると判断しました。(かおる) 雲南省で 中甸〜麗江 の長距離バス(国営の大型バス)に乗ったとき、
整備不良だったため、運転手が脇にあるエンジンカバーを開けたとたん、
エンジンオイルがブァッーっと飛び散って、、
最前列に座っていた私は全身こげ茶色の斑点模様に〜。。
・・それから暫く後のこと・・、
今度は、エンジンルームから白煙がモウモウと立ち上がっています。 ★洗濯代、貰ってないぞ〜〜!
麗江の街を歩いていると、一緒に命びろいした連中(=香港からのグループ)と出くわしました。 |
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