南北アメリカでの病気・怪我

カルテ No.1 No.2 No.3


No.1
患者=夜梅さん病名=下痢 場所=ペルーからの帰国便時期=?

ペルーから帰ってくる時の飛行機の中でくたばっていたことがあります。

3日分たまっていたものを飛行機に乗る前に出してしまえと アイスティの一気飲みをやってお腹(胃と腸と両方)を壊しただけなので、 渡航先とは関係ありませんが・・・。

フライトアテンダントのお姉さんから、暗に離陸前に降りろと迫られて、 泣きそうでした。 (そりゃ向こうにしたら、 太平洋の真上で助けを求められたらかないませんもんね)

同じツアーにいたお医者さんに注射を打ってもらって、マシになりました。
クスコで高山病にかかった人も、発熱して、でも吐いちゃうから薬も 飲めなかったところを、この先生に座薬をもらって 助けられていたのでした。
(以来、海外旅行に行く時、私は必ず座薬を持つようになりました)
ツアードクターみたいな方でした・・・。

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No.2
患者=夜梅さん 病名=胃酸過多 場所=チリからの帰国便 時期=11月

細長いチリの端から端まで3週間で駆け回り、何事もなく帰国…するはずだったのですが、 その寸前、経由地のアトランタで胃がおかしくなり、 そこから日本までの14時間で3週間分疲れてしまいました。

たぶん最終日に名残惜しくて食べ過ぎたのがきっかけ。 症状はお馴染みの胃酸過多。同じ状態で徹夜仕事してた身、自己流ですが対処法も心得てますから大丈夫でした。

ひたすら甘目の紅茶を飲み続けてました。30分に1杯は飲んでたから、乗務員に頼むのも面倒で、 自分でギャレーに行って勝手に作らせてもらってました。

残念なのは、こんな時のために持っていってるレトルトのお粥も粉末のアクエリアスも、荷物室の中だったこと…(バカ)。 座薬も持ってましたが、とりあえずお腹に物を入れてると痛みが引くので、思い出しもしませんでした。 使えば良かったかも(更にバカ)。

ペルーから帰る時も、ダラスでアイスティーの一気飲みをして お腹を壊したけど、南米から帰る時にアメリカでお腹を壊すのがジンクスになりそうです。

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No.3
患者=かおる 病名=風邪 場所=メキシコ(アメリカ) 時期=2007年8月

メキシコ旅行の最後は、カリブ海に浮かぶ天国の島イスラ・ムヘーレス。
ビーチでのんびりした翌日、エアコン付きの部屋で目覚めると、喉がからからに乾いていて、エヘン虫がうごめいた。
寝るときちょっと気にはなっていたのだ。エアコンの冷風が顔に当たることが。
でもその日はそれだけ。
シュノーケリングをして、 思う存分楽しんだ。

翌朝。
エヘン虫が成長していた。
嫌な予感がしたが、それでも、午前中目一杯島をのんびり散策して、フェリーで本土のカンクンへ。
ダウンタウンの安宿にチェックインし、安レストランでお昼した頃から猛烈な疲労感に襲われた。
ウィンドーショッピングはあっさり断念。宿に帰って昼寝をした。
旅の疲れが出たのか、いくらでも眠れる。

そして10時頃。
まるでスイッチが入ったかのように、熱が上がり始めた。
頭も痛くなってきた。これは絶対に38度を越えている。 (私の平熱は35度台なので、38度というのは私にとって、ものすごい高熱なのである。)
こうなると熟睡はできない。
浅い眠りの合間に、ひたすら水を飲んで過ごした。
このホテルは、廊下に飲料水のタンクが設置してあって、いくらでも汲み放題なのが助かった。

やがて日付が変わり、帰国の日となった。
夜明け前、タクシーで空港へ。普段なら手荷物にするバックパックを、今日は迷わず預ける。

問題は乗り継ぎのヒューストン。 イミグレーションという関門がある。
延々1時間行列する体力は今の私にはない。
空港係員のおばちゃんに、
「私は病気で高熱がある。あのように立って並ぶのはハードすぎる。早く通る特別な方法は無いのか」
と言うと、
「そういう方法はない。立っているのがつらいなら、車椅子を使うしかない。使いたいか?」
車椅子? そ、そんな大げさな・・・
と思ったが、とにかく立って並ぶのは無理なので、「イエス」。
すると係員、「座って待ってなさい」。そして、戻ってくると「ドクターに連絡しました」
ええっ? トランジットは正味1時間40分しかないのに。ぐずぐずしていたら乗り遅れてしまう。

ほどなく、格子柄のシャツでノーネクタイの黒人青年が鼻歌まじりに(←実際に鼻歌を歌っていたわけじゃないけど)やってきて、
「ハーイ! 私の名前は○×▼・※■△。○×所属の医師です」と手を差し出す。
ひょえ〜! こ、これがドクター!? えらいカジュアル。アメリカ〜ン♪
「この診察は、合衆国に貴女が悪い病気を持ち込んでいないことを確認するためのものです」とかなんとか言われ、 訊かれるままに病状を説明すると、 熱を計り(「100度。大したことはないですね」)と言い、 喉を見た上で、 「喉が真っ赤に腫れている。それが熱の原因だろう。咳や痰が多少出るのも正常な反応である。 また、発熱するというのは、身体が闘っている証拠なのだから、 悪いことではない」と懇切丁寧に説明してくれた。 こういうところも、アメリカらしいなあ。
: 華氏100度。摂氏に換算すると37.8度。私にとっては高い!)

[追記]係員のおばちゃん、「こんな状態で飛行機に乗るの? 12時間のフライトなのよ」と言い、しきりにドクターの顔を見る。
でも私は日本に帰りたいと言い張った。
だって、あと1回飛行機に乗れば日本に帰れるんだし、帰ってしまえばこっちのもの。アメリカの医療費って高いらしいし。もちろんクレジットカードがあるからなんとかなるだろう。あとで旅行保険の申請をすれば、費用は補填されるだろう。でも、面倒臭いじゃないか。 たとえ肺炎になっても、日本で入院するほうがよっぽど簡単だ。

そこでドクターの下した指示は以下のとおり。
処方箋無しで買える薬(「TYLENOL」と書いたメモをくれた)をフライトの前に買って2カプセル飲むこと」、さらにマスクをくれて、「咳をするとき、周囲に飛沫を飛ばさないために、このマスク(右の写真)を使いなさい。喉の状態はまだ悪化するかもしれないから、帰国したらできる限り早く医師の診察を受けるように」

この後は、空港係員のおばちゃんが 車椅子を押してくれて、「エクスキューズ・アス」と言いながら超特急でイミグレーションを通り、薬(下の写真。4カプセル入りで1ドル69セント。なんと本屋で売っている!)と水を買い(ドルの少額紙幣を持っていてよかった!)、セキュリティーチェックを通過。
ここで別のおばちゃんにバトンタッチ。ゲートはまだ遠い。
車椅子でよかった。これを自分の足で全部歩いていたら、 途中で倒れてたかも。

帰国便に乗り込んだのは出発時刻10分前だった。
ありがとう、おばちゃんたち!

健康体でも決して楽ではない12時間に及ぶフライトは、 もちろんきつかった。
でも、薬を飲んでいなかったらもっともっとしんどいものになったことだろうし、分厚くてごついマスクのお陰で機内の乾燥した空気を直接吸わないですんだ(ゴムがきつくて顔にシワがくっきり付いたけど)。
とにかく、乗る前以上に大きく悪化させずに済んだだけで、もう十分に上出来。

成田では、初めて「健康相談室」に立ち寄った。
熱を計ってもらったら38度だった。 そして、中南米の熱帯地方では最近デング熱が流行しているから、その可能性も無いわけではないなどという怖〜い話を聞かされたりしたのだが、 帰国後、私は順調に回復していった。

単なるトランジット客にすら、 イミグレの列に並ぶことを強いるアメリカというのは、嫌な国だと思っていたのだが、 そういうシステムだったからこそ、 空港係員に声をかけたわけだし、 結果的に薬も飲めたわけ。

そして、この体験を通して、 「アメリカ」という国の特性を強く感じた。
助けを求めてきた人に対しては、 即座に(あ)かる〜く対応、 きちんと説明。
そういうところは、なかなかいいよ。

[追記]帰国後、アメリカの医療制度の問題点を描いた映画「シッコ」を観た。
アメリカの病院というのは、医療保険に入っていないと 破産しかねないほどお金がかかるようだ。
もしもヒューストンの病院に入院したら、いったいいくら請求されただろう?
もしかしたら私は極上のネタを逃したのかもしれない・・・。

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