アジアでの病気・怪我(その2)

カルテ No.11 9/11

No.11
患者=夜梅さん 病名=たぶん風邪  場所=インド  時期=9月

事の発端は、ジョードプルからウダイプルへと向かう夜行バスだった。
山越えの 寒いルートなのに、向いの寝台のおじさんが窓を全開にしていて、その風が私の ところにも吹き込んできたのだ。
ウダイプルに着いた時には、疲労感に襲われて いた。

宿にチェックインし、町の散策に出かけたが、女性特有の体調の悪い日と重なっ たこともあり、体がだるい。
栄養補給をしようと思い、レストランに入ってバナナ・シ ェイクを頼んだ。
ところが飲んでみると、なぜか強烈にニンニクの香りが。
ボー イに「これはニンニク入りなのか? わざと入れているのか?」と訊いても、全部 「イエス」と答えるのでよくわからない。
「精がついていいかも」と思って飲み干した が、すぐに気持ち悪くなった。
セブンアップを追加注文したが気分は回復せず、 町歩きは諦めて、ヨロヨロと宿へ帰った。

その夜、ものすごい高熱に襲われた。
頭痛・腹痛などはないが、皮膚が痛い 、関節が痛い、そして全身の筋肉が痛い。
だるさが極限で、ベッドに寝るという より、体を物のように置いている感じ。
指一本動かすことすら、つらい。
寝返り も打てない。
熱のための涙を流しながら転がっているしかない。
宿の人が心配し て薬を持って来てくれたが、既に持参の薬を飲んでいたので、受け取るだけ受け 取って、しまっておいた。

翌日になると、あっさりと熱は下がっていた。
大事を取って午後3時まで寝て過 ごし、大丈夫そうな感じがしたので、徒歩5分のシティパレスを観光しに行った。
が、途中で 手足が冷たくなり、気が遠くなってきた。
駄目だこりゃ。
雇ったガイドを途中で 断り、休みながら宿に帰った。

翌日から咳が出るようになったが、気分は良くなったので、旅を先に進めた。
が、数日後、プシュカルでまた少し熱が上がり、咳もひどくなった。
泊まっていた宿が静かで、部屋もとても清潔で、中庭のすぐ前という好条件だったこともあ り、1日宿にこもって静養することにした。
これが功を奏し、咳は多少残ったも のの、すっかり回復した。

と思い込んだ。

しかし、ほんとうのクライマックスはまだだったのだ。

それは1週間後、バラナシから帰国のためにデリーへと向かう夜行列車の中のことだった。

バラナシ駅で18:35発の電車を待っているときから、既におかしかった。
だるくて、頭 がちょっと痛い。
持参の薬を飲んだのだが、あまり効いていないようだ。
隣にい た旅行者が心配してくれ、「インドの薬を飲みなよ。強いから、すごい効き目だ よ」と言うので、ウダイプルでもらっておきながら飲まないままだった薬を飲ん だ。
空きっ腹に。
日本から持参した薬のウリが「空腹時にも飲める」だったので、 お腹に何も入れていなかったのだ。
そのせいとは確定できないが、胃に来てしまった・・・。

夜半に具合の悪さが頂点に達した。
熱っぽくて頭も喉も少し痛いが、とにかく胃 が痛く、むかついて吐き気がする。
水を飲んではお手洗いに行って吐いた・・・。吐こうとした。
思うように吐くことも叶わなかったのだ。

インドの電車というのは、寝台の下だけでなく、通路にも人が寝ている。
お手洗いの前の通路にまで。
それを避けながらお手洗いに行くのが、病んだ体にはわ ずらわしかった。
さらに悪いことに、こんなことになると思っていなかったから、水を1リットル)しか持っていなかったのである。
普通の体調だったら、十分な量なのだが。
電車が駅で停車したら水を買いたいと思った。
でも、車両のすぐ前に売店がないと、怖くて降りる気にな れない。
ああ、なんで売り子が来てくれないの! 水をちょうだい!

冷たいスプライトを買ってぼったくられる夢を見たりしつつ、吐き気と渇きに苦 しみつつ、浅い眠りと目覚めを繰り返して、地獄のような一夜を過ごした。

地獄は、04:30で終わった。

チャイの販売が始まったのだ。
まずは発車間際にホームの売り子から窓越しに買った。
ところが、おつりの1ルピーを渡そうとしない。
「つり寄越せっ! 1ルピー! 1ルピー!!(2.5円)」
と怒鳴り、もし電車が動き始めてこいつが去ろうとしたらチ ャイをぶっかけてやろうとまで思った。
彼も最後にはしぶしぶ1ルピー寄越し たが、しかしこんな奴から買わなくたって良かったのだ。
列車の中に、呆れるほど 大勢のチャイ売りが乗り込んで来ていたのだった。
連なって「チャイ、チャイ、 チャイ、チャイヤチャイ」と輪唱しながら行進する彼らから、立て続けにチャイ を買って飲んだ。
そして吐いた。

07:30、ついにニューデリーに到着。
まずホームの売店でコップ売りのペプシを 飲んだ。
炭酸が喉にしみた。
冷たい飲み物が本当にありがたかった。

帰国便は 翌日の早朝なので、デリーでは丸一日観光できると思っていたが、それどころじ ゃない。
横に、横にならなくては・・・。
駅のリタイアリング・ルーム(宿泊施 設)をちょっと探したが、すぐには見つからなかったので、嫌になって駅前のメ インバザールへ行った。
寄ってくる客引きたち。
どうせ、徒歩20分だって徒歩2 分だと言いやがるんだから、客引きは一切お断りだ。
だが追い払っても追い払っ ても、新しいのが飛んできて私の歩行を妨げる。
「うるせぇ!」と吐き捨てたら 、前を歩いていた白人の男性旅行者が心配そうに私を見た。

なんとか駅に程近い宿を確保し、ベッドに倒れこんでしばらく体を休めてから、 水に粉末のアクエリアスを入れて飲んだ。
そして吐いた。
何度か繰り返している うちに吐き気はとまったが、今度は熱がガンガン上がってきた。
こうなってみると、生ぬるいアクエリアスは甘ったるくて嫌だ。
冷たいものが飲みたい!
這うようにしてフロントに降り、冷たい水とペプシを頼む。
ペプシの最初の一口は甘露だった。
が、3分の1飲んだら嫌になった。
だが12ルピーもするの だし、冷たさだけは心地よくて、全部飲んだ。
そして吐いた。

なんとか落ち着いてきたので、薬を飲むことにする。
が、荷物から薬を取り出す のが、富士山登頂くらいの大事業に感じられた。
横になったまま手を伸ばして荷 物に指先を引っかけ、引っ張ってみる。
動くわけがない。
それでもう気力が萎え て諦めてしまう。
それでもなんとか薬を飲み、やがて気絶することに成功・・・!

だが、停電で扇風機が止まって目が覚めた。
暑い・・・暑い・・・。
しかしさすがは ニューデリー駅前の宿、発電機が動き始め、扇風機もまた回り始めた。
が、この 発電機が動く音が、吹き抜けに反響してすさまじい爆音となって襲ってくる・・ ・
・・・だ〜れ〜か〜た〜す〜け〜て〜・・・。

幸い30分ほど(推定)でまた電気が通り、発電機も止まった。
そこから一眠りし て目が覚めると、もう夕方だった。
薬が効いたのか、かなり楽になっている。
ま た停電になったら嫌だし、あまり遅くならないうちに空港に着きたかったので、 シャワーを浴びてチェックアウトし、18:00のバスで空港に向かった。

空港に着いても、出発まで9時間近くある。
ボーッと椅子に座っているうちに、 空腹と食欲を感じてきた。
体が快復してきた証拠と捉え、ベジタブル・サンドイ ッチを買った。
ぱさぱさのパンにコッテリとバター・・・
3分の1も食べないう ちに気持ち悪くなった。
そして吐いた。
ああ、バラナシのレストランの日本食定 番メニュー『おじや』が今あれば・・・。
椅子にうずくまって苦しさに耐えてい ると、どこからか料理に使っているらしい油の匂いがモワーッと漂って来た。
この時浮かんだ言葉で、自分の状態を思い知った。
「もう解放されたと思った のに!」と(心の中で)叫んだのである。
私は、気付かないうちに、インド料理に叩 きのめされていたのだ。
もう、あの油っこくて塩辛い料理はいらない!!
空港に来て、糞尿や客引きにオサラバしたと同時に、インド料理に もオサラバできたと信じていたのだ。
その油断したところへ、猛烈な奇襲。
私の身も心も悲鳴を上げた。
そして吐いた。

03:45についにインドを離れ、機内で朝食を摂る。
まともに食べられるわけもな かったが、ノン・ベジを注文。
スクランブルド・エッグとソーセージを少しずつ 食べてみた。
「普通のご飯だ・・・」と感動した。
吐かなかった。
経由地の上海 からの機内食は、魚の甘酢あんかけ。
お醤油の味。
ああ、なんて美味しいんだろ う!
パンは残したが、あとは全部食べた。
・・・ちょっとムチャだったようだ 。
しかし、この頃には症状が変わっていた。
着陸後、入国審査へと向かう人の流 れから離れてお手洗いに這いずり込んだ私は、ドドンパと下した。

すべては風邪のせいだと思うが、どうせタダなんだから調べてもらうにこしたこ とはないと、検疫の黄色い紙に書き込もうとしていたら、係官がやってきた。
「中国からお帰りですよね? 要りませんよ」
「インドにいたんスけど・・・具合悪くて」
「あっ、インドですか。書いてください」
前にスペインに行った時にも、税関で経由地のアムステルダムのことばかり聞か れたことがあったが、なんか変じゃないのか?
日本に入る直前の土地しか問題 じゃないのか?
とにかく、検便してきた。
お医者様は私の説明を聞いて、「た ぶん大丈夫だと思いますよ」とおっしゃった。

そして帰宅後、食べたいものがたくさんあるのに何も食べたくない1日を過ごし たあと、ゆっくりとだが確実に、体は快方へと向かっていったのだった。

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