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| 患者=かおる | 病名=風邪 | 場所=フランス | 時期=12月 |
思えば11月からずっと風邪を引きずっていたのだ。 そのせいで胃の具合も今一つだった。
クリスマス・イヴをパリ留学中の友人と過ごし ---当然、ワインを空け、しっかり夜更かしして--- 翌クリスマスの朝、私はノルマンディーは オンフルールへ向かった。
その日、オンフルールは冷たい雨。
その中で宿探しをし、町の散策をしているうちに、身体がおかしくなってきた。
夕食も取らずに
ホテルに帰り、部屋のベッドに倒れこむ。
胃が変に固い。寒い。動けない。
5時間後、ようやく動けるようになり、熱いシャワーを浴び、再び眠りに落ちた。
翌朝、いくらかよくなってはいたが、胃がひどくもたれる。
シーズンオフで朝食料金がサービスになっているのに、ろくすっぽ食べられないのが悔しい。(我ながらケチな性分)
ホテルをチェックアウトし、バスで最寄駅である リジューへ向かう。
リジュー駅に着いてパリ行きの切符を買おうとしたら「電車は来ません」という答え。
が〜〜〜〜〜ん。
ヨーロッパを襲った「ミレニアムのクリスマス暴風雨」の直撃をくらって、
フランス全土の鉄道がマヒ状態に陥っていたのだ。
まるで私の胃のように・・・
駅でしばらく状況を見ていたが、今日は無理と判断し、駅前ホテルへ向かった。
私と同様に足止めをくらった人々でそのホテルは満室だったが、
別のホテルを教えてもらった。
鉄道が復旧するまで、そのホテル
---おばさんがひとりで切り盛りしている星無しホテル---に2泊した。
宿泊客は私と、家の屋根が壊れて住めなくなってしまったという近所に住む女性の2人きり。
ひたすら寝て、クッキーとおばさんの作ってくれたココアで生きていた。 朝・昼・夕と駅に様子を見に行って・・・ 参ったな〜と思わないでもなかったが、優しいおばさんがいる静かなこのホテルでゆっくり休むことができて良かったな〜、病気のときに電車が停まったなんて却ってついているのかも、と、 どこまでも能天気な私であったのでした。
鉄道が復旧した朝、長時間かけてパリにたどりついたこと、 さらには前日予約してあったユーロスターの切符を振り替えてもらい パリの北駅のホームを走ったこと、 ロンドンのオフ会の最中に予告もなく現れて友人たちを仰天させたこと、エトセトラ、エトセトラ・・・はまた別の話。
| 患者=はみさん | 病名=風邪 | 場所=イギリス | 時期=5月 |
初めての自由旅行。
初めての一人旅。
なんにもわからなくって、緊張の連続だった日々。
旅のペースをどう掴んでいいのかさえ、まったく分かっていなかったのです。
旅の後半、60日目を過ぎた頃のこと。
湖水地方で雨に打たれながら半日、山道をさまよい歩いた日がありました。
(道に迷っていたのです)
服も靴も濡れ、体の芯まで冷やしてしまって。
もう2ヶ月過ぎて、ただでさえ体は疲れきっていました。
それなのに翌日、行きたいところがあるからと
重い体を引きずって、また半日歩き回ったのです。
その翌日、列車で移動しながらも、まだ自分は疲れているだけだと思っていまし
た。
なにかがヘンだな、とは感じていたけれど。
さらに翌日、また列車で移動、体が変だという感じはますます強くなるけれど、
疲れ以外思いつかないでいました。
咳が出るわけでも鼻水が出るわけでもない。
頭もお腹も痛くない。
きっと、2ヶ月も旅してるから疲れてるんだわ。
で、その翌日、フラフラと町を観光していて・・・
頭がぼーっとする。
のどが渇く。
目が痛む。
うーん、なんだろう?
でも食欲はあるのよー。
でもダルイかな。
さすがに昼過ぎで宿に引き返して休息をとることにしたけれど・・・
宿の奥さんに「フィーバー・ブロークン」と言われて、
初めて自分が熱を出していたことに気が付いたのです(^^;;;)
で、思い返してみると、あの湖水地方で雨に打たれたのが引き金だったのです。
その次の日はさすがに1日寝ていました。
食欲も全くありません。
宿の人が心配して、お医者様を呼ぼうか、お薬は、オートミールを
作りましょうか、といろいろ気を遣って下さったけれど、全部お断りして
ひたすら寝ていました。(手持ちの風邪薬を飲んだだけ)
でも寝ていたのはこの1日だけなのです。
というのは、その次の日にはロンドンに移動し、
その次の日には飛行機でローマに移動し、
その次の日には帰国の途に付く、という、ホントにホントに、
旅の終わり間際の出来事だったからなのです。
でもローマに着いた頃には、ずいぶん楽になっていました。
| 患者=りひとママさん | 病名=風邪 | 場所=スイス | 時期=7月 |
「今年のヨーロッパはすごく寒い」という情報は得ていたのですが、 そんな寒い中、よりによってスイスなんかに行った私たち。 飛行機を降り立ったら冷たい雨が降っていました。 まさかこれほどまでとは・・・・
翌日、持って行った長袖冬服を総動員させ、雨の中でかけました。
登山電車に乗って山に行くと雪!
寒かったです。
寒い寒いと思いながらホテルに帰りました。
翌朝、目覚めると、喉が痛い・・・・
りひと(2歳)はなんだか鼻が出てきています。
「あ、風邪を引いたな」
そのあとはお決まりパターン。
喉の痛みの後は鼻がずるずる。
風邪なんて考えていなかったので手持ちのティッシュが足りなくなりそう。
山を歩きながら鼻ずるずる。
親子で鼻ずるずる。
ティッシュ節約のため、トイレに行くたび鼻をかむ。
ついに手持ちのティッシュが尽きる時がきました。
それは最終宿泊地チューリヒに向かう電車の中。
残り少ないティッシュを大切に、何度も繰り返して使いました。
なるべくりひとに使うようにして。
私達の座席のゴミ箱はティッシュでいっぱいになっています。
でも無くなったんです。
さあ、どうしよう。
鼻水を極限まで我慢。でももうだめ・・・
そこで登場したのがウェットティッシュ。
これでなんとか・・・
しかし、この「ウェット」な成分が悪かった・・・
鼻の下がひりひりと痛みだしました。
化粧も落ち、鼻の下の皮がむけたように痛いのです。
え〜〜〜ん。
痛いけど、鼻が出るのでウェットティッシュを使わずにはいれません。
早く着いて〜〜〜!!!!
チューリヒに到着して真っ先に行ったのは駅前のコープ。
当然買ったものはティッシュ。
あの紙ナプキンのように分厚い立派なティッシュです。
翌日は帰国日。
親子2人、風邪はどこかに飛んで行きました。
| 患者=MARIMOさん | 病名=虫歯 | 場所=アイルランド | 時期=? |
なんだかいつの間にか行ってしまったアイルランドだったが、来てみりゃ自転車天国。
「こんないいとこ久しぶりだわ〜」
と浮かれていた私にあんな悲劇が待っていようとは。。。
それは一番楽しみにしていたケリー半島を走っていたときのこと。
何となく奥歯がムズムズしてきた。
それはずいぶん昔に治療した虫歯だった。
なにもこんな時に復活しなくても。。。
それでも2日は鎮痛剤でごまかしていた。
が、虫歯は容赦無かった。
虫歯に正露丸を詰めるという最終手段まで出たが、ついに私は重大な決意をした。
もう歯医者行くしかない!!
既に半島先端まで来ていた。
近くで最大の町、ガーシービーンへ向かう。
インフォメのおばちゃんに事情を話し、歯医者を教えてもらった。
入口の階段がどう見ても怪しい雰囲気だが躊躇している余裕無し。
看護婦さんに事情を説明し、とりあえず待合室に通してもらった。
「(アイルランドの)健康保険は効かないけど良いのね?」
と念を押される。
私が貧乏人に見えるのは世界共通らしい。
入口の雰囲気とは裏腹に落ち着ける待合室で待つこと1時間。
やっと診察室から
お呼びがかかる。
私を待っていたのはゲール語圏とは思えないほどきれいな英語を話す若い医師。
私を診察するなり
「神経抜くしかないね」
というお沙汰。
私 「他に手段は?」
医者「無い。神経が短すぎるんだよ」
私 「仕方ない。やっちゃって下さい(泣)」
ということで麻酔を2本打たれる。
効いたところで丁寧に削ってもらい、セメントを詰めて終了。
帰国後、改めてこの歯を診てもらったら、「そのままで大丈夫」と太鼓判を押された。
完璧な治療だったのだ。
なぜあんな田舎に凄腕の医者が居たのかは謎。
それともアイルランドというのは歯医者のレベルが高い国で、彼は標準なのだろうか?
結局治療費は50アイリッシュポンド。(当時1アイリッシュポンド=230円)
相当おまけしてくれたスペシャルプライスだと思います。
医者と看護婦に重々お礼を言い、
処方箋と領収書をもらった。
近くの薬局で化膿止めと鎮痛剤を購入し、
こちらは26.45アイリッシュポンド也。
当然保険は適応外で、いろんな意味で痛い思いを
しました。
| 患者=MARIMOさん | 病名=擦過傷及び打撲 | 場所=ドイツ | 時期=8月 |
あれは、もう10年も前のこと。
初めての個人海外旅行で自転車持参だったんだから、恐ろしい。
悲劇はロマンチック街道で起こった。
路肩をへろへろ走っていた私は「あれは何だ!」と叫びそうになった。
それは「ロマンチック街道」と日本語で書かれた看板。。。
あっけにとられて走っていたまさにその時、隣をメルセデスの大型トレーラーが通り過ぎた。
脱力状態だった私は煽られて転倒。
またこの時の路面が悪かった。
中部ヨーロッパの幹線道路には路肩だけ石畳のままの道が珍しくないが、ここもご多分に
漏れずそれだったのだ。
ヤスリの上に転んだようなもの。
右足の膝から下がボロボロである。
そこにじっとしててもしょうがないので、途方に暮れつつ走っていると、オヤジに声をかけられた。
見るに見かねたのだろう。
私の傷を見ると、自分の家まで案内してくれて、車から救急セットを取り出してきて(ドイツは搭載が義務化されており、教習所でも救命方法の講習を受ける)手早く手当してくれた。
丁度お昼時で一家そろって庭でサンドイッチを食べてるところだったらしく、私まで御馳走になってしまった。
話は盛り上がり、ついでに今日は泊まって様子を見てはどうかとまで言われたが、流石にそれはお断りをして、お礼に日本の絵はがきを置いてきました。
| 患者=はみさん | 病名=下痢 | 場所=フランス | 時期=9月 |
夫を引率して(?)行った新婚旅行、無事に終わると思っていたら、最後の最後にそれは起こった。
早朝、なんだか具合が悪くて目を覚ました。
偏頭痛で頭がガンガンし、吐き気がする。
お腹も張っていて少し痛い。
旅の疲れかな、と
なんとかもう一度寝直そうと試みたが無理だった。
とにかく気分が悪い。
軽く便意を感じてトイレへ。
最初はそうでもなかったが出しているうちに(失礼)、
柔らかくなってきた・・・(^^;
そして便座にまだ座っている状態にも関わらず、
げーげーと嘔吐反応が出始め、吐きそうになった。が、なんとか持ちこたえた。
前夜に食べた生牡蠣があたったのではないかと、内心冷や冷や。
(・・・しかし夫は気持ちよさそうに寝てるしなー・・・)
一度ベッドに戻ったものの、少ししてまたトイレへ。
出すものをすっかり出したらやっと落ち着いた。
どうやら食中毒ではなく消化不良のようだ。
疲れた体に大量のシーフードがまずかったらしい。
また寝てからゆっくり目に起き出して、買ってあったラズベリーとヨーグルトを食べ、
気分も少し良くなっていたので出掛けてみた。
でも、途中から頭がくらくらしてまた気分が悪くなってきた・・・(^^;
なんせお腹の中がカラッポのうえに、少量の朝食しかとっていない。
どう考えても血糖値が上がってこないのだ。貧血にもなるって。
結局ホテルに舞い戻って、新婚旅行最後の日は1日寝て過ごすハメに。
最後のお土産買いは
海外旅行初めての夫に頼んで行ってもらった。
彼は1人でニースの町あちこち歩き回り、ちゃんと買い物して、6時頃にホテルに戻ってきた。偉い!
その後夕飯を買いに行ってくれた。
サンドイッチとカレーピラフと春巻き。
サンドイッチが食べやすいかと思ったけれど、意外とピラフの方が
食べられた。香りと刺激が良かったみたい。
夫の選択に感謝!!(*^-^*)
| 患者=テツさん | 病名=下痢 | 場所=フランス | 時期=2001年6月23日 |
すべては自分の不徳の致すところなのです。
6月19日に日本を発ち、いくつかの仕事を終え て、初めての「コルス(コルシカ)島」で、たった2日間の滞在 を楽しんでいるときでした。 それまでフランス本土しか経験したことのなかった私は、 離島の異国情緒に感激しながら、 アジャクシオでの最後の夜を迎えていました。
一人旅だったので、ホテルの 近所のお店で作りおきのピザ3枚(内訳はあさり・たまねぎ・サラミ) とコーラ、 牛乳、水を買い込み、部屋で早めの食事。
約1時間後、「さて、荷物整理をしよう」と思ったとき、
腹部に激痛が。
それが
ハンパな痛みではありません。
それからは、お手洗いとベッドを何回も往復。
「さっきの食事が原因か?」と思い、日本から持ってきていた
抗生物質と鎮痛剤を
飲みました。(これが正しい処方だったかどうか、
医師でない私にはわからないのですが。)
同時にいつもの「旅の同伴者(物)」である湯沸しポットで紅茶を作り、何杯も
飲みました。
この時点で時刻はまだ19時。
外はまだ明るく、そしてホテルの窓からは、
食事をする人たちの楽しげなざわめきが飛びこんできます。
そんな中、たった1人、ひたすらお手洗いとベッドを
往復する私。(涙)
しかも明日は朝10時にホテルを出て、マルセイユに向かわなく
てはいけまないのです。
早く良くならないと・・・。
翌朝4時、目を覚ますと、なんとか動けるまでに回復していました。
そろそろと荷物整理を
し、紅茶をたくさん飲んで、ホテルをチェックアウト。
無事にマルセイユにたどり着くことができました。
きちん
と食事をすることができたのはその翌日の昼食。
おかげで少し痩せました。
何が原因だったのかははっきりしませんが、 オリーブオイルか、あさりのどちらかだったような気がします。
しっかりと火を通した温かい食事をす るのが無難だと思いました。
それにしても抗生物質と湯沸しポットを持っていて助 かりました。
| 患者=はみさん | 病名=風邪 | 場所=イギリス | 時期=3月 |
旅の中盤を過ぎた頃、 ロング・メルフォードという小さな町で体調を崩した。
宿にたどり着くまで、雨の中をバス停3つ分歩いたのが 響いたのだろうが、それ以上にベッドとの相性が悪かった。 横になると軽く沈むベッドは、寝返りを打つたびにスプリングが体にあたり、 痛くてよく眠れない。 枕との相性も悪く、翌日肩はコリコリ、 喉も少し痛み出したが、余り気に せず、隣町まで遊びに行った。
その日の夕食は、今回の旅で初めてまともな食事だったので、
お酒もプラスしてお腹一杯食べた。
疲れたところにお酒を飲んだのがいけなかったのか・・・。
だんだん具合が悪くなってきた。
さっさと寝てしまおうとベッドにもぐり込んだが、
昨日にも増してスプリングがあたって体が痛む。
お酒のせいなのか、それとも熱が出だしたのか、体が燃えるように熱い。
結局一晩中のたうち回り、朝には頭も痛くなってきた。
肩こりと喉の痛みも更に悪化。
朝食後に薬(痛み止め)を飲んで、
チェックアウトギリギリまで部屋で休んでいたら、少し持ち直した。
その後、どうにかほぼ予定通りに旅をこなしたが、地方からロンドンに入ったと たん、咳がひどくなってきた。空気の悪さを物語っているよう。
それ以上に困ったのが帰国便の機内の空気の乾燥だった。
咳き込むため、ほとんど眠れないまま関空に到着。
声がほとんど出なくなっていた・・・。
しかも弱り目に祟り目、着陸時の気圧変化に耳が付いていかず、かなり
痛い思いをした・・・・。
| 患者=mkさん | 病名=風邪 | 場所=スウェーデン | 時期=? |
私はアレルギーがあります。
4年前にスウェーデンに行き、ストックホルムの街中に出た時、
匂いに敏感な私はいやな予感がしました。
排気ガスの匂いが日本と違うのです。
翌日から目がかゆくてたまりません。
薬をつけ、部屋では濡れタオルでまぶたを冷やし、
サングラスをかけ、
かゆみに耐えながら観光しました。
郊外の林の中のテーマパークに行っている間だけはかゆみが止まりましたが、 街中に戻ったとたんにかゆみ再発。
スウェーデンに4日間ほどいて、その後チェコに行きました。
東欧の方が北欧より排気規制が緩いと思っていたので「チェコの方がかゆみは悪化するかな〜」と
心配していたのですが、チェコではかゆみは消え去りました。
排気ガスの匂いもチェコの方が弱いような気がしました。
それ以来、目薬及びその周りの塗り薬が旅行アイテムに加わりました。
ロンドンで差し歯がとれて以来、アロンアルファが加わり、 フランスで食事中にホッペを噛んでしまってから口内炎の薬が加わり、、、と、 どんどん持参する薬の量が多くなるばかりです。(苦笑)
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投稿者=ぶるさん 患者=息子 | 病名=インフルエンザ? | 場所=フランス | 時期=3月 |
モン・サン・ミッシェルがメインの4泊5日の旅の2日目でした。
オンフルール到着後、息子の具合が悪くなり、あれよあれよという間に40度近い発熱。
3日目の午後には、熱性の痙攣に加えて意味不明なうわ言まで発するようになってしまいました。
オンフルールのホテルは街外れの2つ星。
ちょうど宿の人が「出かけるので誰もいなくなる。明日の朝食も出せない。」と言い置いて出かけてしまったところでした。でも、室内に外線電話が付いていたので、てっきりそれで電話すればいいやと思っていたら、
なんと外線ラインが切られていた。しかも日曜。
どうやって救急病院を探したらいいのだろう?
結局、町中の大きなホテルのレセプションで電話を借り、AIUのパリセンターにフリーダイヤルし、「ドイツ語か英語が話せる医師がいて、子供を見てくれる病院」をあたってもらいました。
ところが、オンフルール近郊には子供を見てくれる救急外来が無いというのです。
で、
紹介されたのは30キロ離れたリジューという町の病院。
その頃にはもうあたりは暗くなっていました。
リジューまで行ったとしても病院を探すのは至難の業だろう。
そこで、ダメもとでオンフルールの中央病院へ行ってみたら、取りあえずそこで救急処置をしてもらうことができました。
そして、救急車でリジュー中央病院の小児科へ。
血液検査やレントゲンなどでは特に異常は認められず、高熱の原因は分からないということでしたが、脱水症状も、熱も、点滴のお陰でかなりよくなり、薬を処方してもらってホテルへ戻りました。
ちなみに救急車での搬送費用は170ユーロ。現金払いでした。
診察費は後日請求書を郵送してくれるということでした。
病院に行った翌日、旅程を切り上げて ドイツの我が家に戻ってきたら、 その夜から今度は私と連れ合いが39度の発熱。 たぶんインフルエンザなのでしょうね。
フランス語が喋れたら、もう少し早く病院に連れて行ってやれたかなぁと思っています。
子供達の学校の先生が先日の保護者会で、進学希望者の親達に
「ヨーロッパに住むなら、英語よりもフランス語を選択するように!」
と言っていたのを思い出していた私です。ホントにその通り・・・。