清清しい気持ちになれる良い美術館だ。手ごろな大きさで見やすい。照明も良い。
フランドル絵画はブリューゲル以外、日本ではあまり一般的でないから、最初は戸惑うかもしれない。どちらかというと抹香臭い宗教画が多いから、敬遠する向きもあろう。私も最初はそうだった。でもちょっと我慢して見ているうちに、大好きになってしまった。南国イタリアの宗教画に無い「静謐さ」が漂っているところがなんともいい。
(私はブリュージュに間を置いて2度行っている。 ブリュージュといえばメムリンク。なのにメムリンク美術館に行っていない。 これは単なる勘違い。「前に行ったのはメムリンク」と思いこんで、違う美術館に行ったつもりが、同じところに行ってしまったのだ。嗚呼、なんたるお馬鹿さん・・・。)
ここは入場無料。日記でも<ただとは思えない質・量!>と感激している。
オランダ絵画紀行の続きで入ったベルギーの最初の町がアントワープだった。 この美術館で、ベルギー絵画というものがそれまでなじんでいたオランダ絵画と違って、かなりイタリア的というか、カトリック的であることを実感させられた。
ベルギーの高官だったルーベンスの作品がたっぷりあるのは当たり前のこと。新鮮な驚きを覚えたのはファン・ダイク、ティツイアーノ、エル・グレコの間の相似だった。 大好きなフラ・アンジェリコもあったし、クラナッハのなんとも色っぽいイヴもいた。
<美術館のトイレがフランス的になってきた>と言葉少なく日記に書かれている。どういうことかって? さあ、自分でもわかるような、わからないような。ご想像にお任せします。
<実に見ごたえがあった。でも疲れた>・・・これじゃさっぱりわからないじゃないか! って自分に腹を立てても始まらない。とりあえず疲労度を差し引いてこの点数にしておきます。いい加減でごめんなさい。
皆さん、旅の記録は詳しく書いておいたほうがいいですよ。あとで何に使うかわかりませんからね。(^^;;
館内のことは何も書いていないくせに、外のことは書いてある。 <疲れたので美術館の脇の"Jardin de sculptures"(=彫刻の庭)のベンチで一休み。この庭はまるで日本のようにセコい>ですって。ふーん。
日記には<オランダから来ると入場料が高いような気がする>などと書いてある。
でもここのボッシュ(ボス) の「十字架を担うキリスト」には感動した。自らがかけられることになっている十字架を肩に担うイエスの穏やかな顔、そして彼を嘲笑する周囲の人々の醜い顔・顔・顔・・・。1500年代に描かれた絵なのに、近代絵画を思わせる新しい感覚に満ちている。まさに「鬼才・ボッシュここにあり。」
これは「番外編」かなとも思ったのだが、ガイドブックに「現在は美術館になっている」と書いてあったので、本編に入れることにした。
画家として、政治家として、順風満帆の人生を送ったルーベンスの家だけあって、なかなか立派。住まいと工房を兼ねていたと言うが、たくさんの弟子がいて活気に満ちていた往時がしのばれて、けっこう楽しめた。
でも「美術館」だと思って行くとがっかりするかも。ここはどう見ても「ルーベンス記念館」である。
ベルギーを代表する絵画「神秘の子羊」がここにある。
画集で目にしたことはあったが、実物を目の当たりにして、その迫力に打たれた。その威厳、緊迫感。画家(ファン・アイク兄弟)の真摯な姿勢が伝わってくる。たとえば流行作家ルーベンスなどは、工房の弟子にほとんど描かせて自分は最後の仕上げだけをすることが珍しくなかったらしいし、ときには「やっつけ仕事」ではないかと感じさせる作品もあるくらいである。しかしこの「神秘の子羊」はそういう世界とは無縁なのである。ファン・アイク兄弟にとっての「描く」という行為はまさに「祈り」そのものだったに違いない。
<絵の前に何分いたことだろう。目を離すのが惜しい、立ち去りがたいという気持ちになったのは初めてだ。>・・・キリスト教の信仰を持たず、作品に描かれているもの意味をほとんど理解しない人間を、これほどまでに感動させてくれたのである。点数をつければもちろん5点満点である。
ここも本来は教会だが、現在は美術館化していて料金をとる。ルーベンスの「キリスト昇架」「キリスト降架」の2作品があるからである。これは 「フランダースの犬」の主人公ネロが死ぬ間際に見たことになっている。
もしもルーベンスの作風を全く知らないで、「フランダースの犬」に対する郷愁だけでここに来たら、たぶんがっかりするだろう。 ルーベンスの作品は一般の日本人の好みには全く合わないからである。ドラマチックな構図は臭くて鼻につくだろう。「こけおどし」という言葉さえ思い浮かぶかもしれない。
だから私はちっとも期待していなかった。「まっ、話のタネにはなるし」というくらいの気持ちで行ったのである。 そして幼い頃、絵本で読んだ「フランダースの犬」の最後の場面を思い出しながら、じっと仰ぎ見たのであった。
そのとき、えにはぬのがかけられていませんでした。ねろはようやく、るーべんすのえをみることがでたのです。
「ああ、やっとみられた。かみさま、どうもありがとうございます」
つぎのあさ、ひとびとは、ねろがきょうかいでつめたくなっているのをみつけました。
ふしぎなことに、ねろのかおはほほえんでいるようでした。
すると、出し抜けに目頭が熱くなってきたのであった。何これ? どうして涙が出るの?
点数をつけるとしたら涙の分をプラスして4点くらいかな。
私のこの文章をお読みになって「ルーベンスはつまらない」とお思いにならないでいただきたい。愛する妻子を商売抜きで描いた小品の中には、ルーベンスの素晴らしさが溢れているのだから。
日記には<普通料金を出したら、「学生はこれだけでいいのだ」とおつりが返 ってきた>なんて書いてある。
ここにはルーベンスの墓があり、そこに彼の絵が飾られているのだが、 料金を得したせいでもないだろうが、なかなか好印象だったようだ。
<その絵は恵まれた彼の人生そのもののように明るく輝いていた>・・・なるほど。
この書き方からすると3.5点くらいあげておいてもいいだろう。