2000年にオープンして以来、 ロンドンの新名所として脚光を浴びている。 真冬でもかなり混んでいたから、 観光シーズン中は大混雑を覚悟のこと。
入ったとたん、がらんとした倉庫のようなエントランス・ホールの吹き抜けに 度肝を抜かれる。 なんと贅沢な空間だろう。 この空間自体がすでにアートなのだ。 この空間を通ることにより、 自然に心が現代芸術モードに切り替わる。
この美術館は作品を年代順に展示せず、 テーマごとに分類しているのが画期的だそうだ。 確かに変わった展示方法であるが、 その効果のほどはいま一つピンとこなかった。 (各コーナーにぽつんぽつんと展示されている 印象主義やピカソの作品が古典芸術に見えるという効果はあるが、 まさかそれが狙いではあるまい。) でも、そんなことを気にしなくても、 遊び心にあふれた作品が多いので、十分楽しめる。 ふふふと笑ったり、 「なんだこりゃ!」とつぶやいたりしながら見ればいいの だと思う。
最上階のカフェは、 テムズ川の眺望が良く、人気スポットだそうだ。 私もお茶したかったのだが、長蛇の列を見てあきらめた。
77年当時の日記をもとにした採点はなんと「2点」だった。 それを引用すると
レオナルド・ダ・ヴィンチの「聖母子と聖アンナ」という 有名なデッサンがある。これは素晴らしい。「モナ・リザ」を見に ルーブルに行くよりはずっと甲斐 があると思う。
それ以外にもいい作品はたくさんあるが、いかんせん大きすぎる。館内見取り図を持たずに歩いたら、外に出たくても出られなくなり、まるでクノッソスの宮殿の中で迷ったみたいな深〜い絶望感にとりつかれてしまった。ルーブルのときと同じく、よその国のものは返してやれよと言いたくなる。日記にも、後述のエジンバラの美術館の方が良かったとはっきり書いてある。
そして99年末、満を持して再訪してみると・・・
向かって左手奥に「別館」ができていた。そちらは中世からルネッサンスにかけてのイタリア美術の宝庫。見渡すとレオナルド・ダ・ヴィンチの「岩窟のマドンナ」が微笑んでいる。うーん、やっぱり彼の作品は別格だなあ。その裏手の照明を落としたコーナーには「聖母子と聖アンナ」が静かにおいでになる。ご無沙汰いたしておりました。お変わりないご様子、大変嬉しゅうございます。
豪華絢爛・宗教色テンコモリのイタリア絵画を堪能して、本館に戻ると、オランダ絵画が待っている。富裕ではあってもけっして華美ではないオランダ有産市民の世界に包まれ、心がしんと落ち着いてくる。ふと目にとまったチェンバロを弾いている少女・・・なんとフェルメールではないか!
本館を時計回りに巡ると最後は印象派の部屋になる。お急ぎのかたは直接そちらにどうぞ。
美術館の規模としては、このあたりが限界だと思う。一つ一つ真面目に見ていたら疲労困憊するだろう。(77年当時の私のように。)さーっと見渡して琴線に触れた作品だけじっくりと見よう。とにかく入場無料(なんとオーディオ・ガイドも無料!)なのだから「お気楽路線」で行くべし。そうすれば絶対に「私のお気に入り」を発見できて、得した気分になれる。
旧テート・ギャラリーが、テート・モダン開館に伴い、 イギリス絵画専門の美術館に生まれ変わった。 ピカソもゴッホもダリもテート・モダンに行ってしまったわけである。 正直言って、これは寂しい。 旧テート・ギャラリーは5点だったけれど、1点減点。
ここの目玉は 膨大なターナー・コレクションである。 印象派よりも何十年も前に、あの独特の画風を確立した 「孤高の巨人」に脱帽だが、 特にターナー・ファンでない人間にとっては、 作品数が多すぎるかも。(ファンの方、ごめんなさい。) ウィリアム・ブレイクの水彩画は小品だけど必見。 もちろんロセッティやミレー(「晩鐘」を描いたフランス人のミレーにあらず) もある。 ミレーの「オフィーリア」との再会を楽しみにしていたのに、 折悪しく展示されていなかったのが残念。
「ヨーロッパ最大の印象派のコレクション」と書いてあるガイドブックがあるが、それは言い過ぎだろう。「フランス以外における印象派の優良なコレクション」と言うべき。モネの作品はたいして無い。「印象派=モネ」と思い込んで楽しみにしていったらがっかりするだろう。
セザンヌは4〜5枚ある。私はこれがけっこう好きよ。マネの「フォリーベルジェールのバー」の女の子もいます。彼女、ちょっと疲れ気味で愛想はないけど、とっても可愛いから、会いに行ってみて損はないだろう。
ここの目玉はむしろ1階のイタリア美術なのではないか思う。
全部で12室しかないので疲れなくて良い。でも有料。悪しからず。
有名な人物の肖像画ばかりが集めてある、ちょっと変わった美術館。 必ずしも芸術的価値の高いものばかりではないかもしれないが、ふらりと訪ねると意外に楽しめる。
ところで、 肖像画というジャンルは新しいものほど面白味がなくなってくるのではないだろうか。写真で顔を知っている人は、あえて肖像画で見なくてもいいということかもしれない。 その上、この美術館では、現代に近づくにつれて作品の数が際限なく増えていく。
最初は楽しいのに、最後の方は「もういい加減にしてくれ!」という感じになってくるのが残念。
個人の邸宅がそのまま美術館になっている。
内容はちょっとおしゃれな貴族趣味の個人のコレクション。世界に冠たる大傑作があるわけではないし、なんとなく全体に埃がつもっているようなすすけた印象を受けた。(本当に埃がつもっているということではない。)
個人が贅を尽くした似たようなコレクションとしては、パリのコニャック・ジェイ美術館のほうが質・量ともに上だと思う。
すいていたのはよかった。それと入場無料だった。もっともイギリスの美術館はたいていそうだが。
1977年、初めての旅で行ったエジンバラ。丘の上にそびえる古城の威容を眺めてはメアリー・スチュアートの悲劇に思いをはせ、また、 バグパイプの物悲しい音色に魅了されたものだったが、一番印象に残っているのは、空の低さと流れる雲の速さである。
この町にいた数日間、空を見上げるのが私の癖になった。「空は北にいくにつれて低くなっていき、雲が流れつく世界の果てでは、ついに海と交わる。そこで雲は海に流れ込むのだ」・・・異教の神々が元気だった頃、この土地の人々はきっとこう信じていたのではないだろうか。この私でさえそう思いたくなったのだから。
エジンバラ城のすぐそばにあるこの美術館には、当時エジンバラに留学中だった友達が連れて行ってくれたのだが、「おおっ、これは掘り出し物だ」と思ったことをはっきり覚えている。
日記に <エジンバラの美術館>としか書かれていなかったこの美術館の正式名称を調べるにあたり、「英国ファンのページ」の作成者・ももじろうさん御夫妻のご協力を得ました。どうもありがとうございました。
当時の日記を引用すると・・・<ここにはゴーギャンの作品が二つある。「赤い背景のところで二人が争っているのを白い頭巾をかぶった女たちが見ている」絵と、もう一つ。どちらも良かった。ゴーギャンを見なおした。 ダ・ヴィンチは「聖母子像」が1点のみ。良くない。後世の凡庸な画家が手を加えてしまっている。これは別として、ルーベンス、ヴァン・ダイク、エル・グレコ、ゴッホ、ドガ、モネ、ドラクロワなど、有名どころの秀作が揃っていて楽しめる。>