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児童文学の旅
クーパー&ランサム聖地巡礼記(2)

ウェールズの地図

ウェールズの朝食

ウィルはゴロゴロ転落していて、死んだ羊が見つかった岩だなのような花崗岩棚がなければ、湖の岸までの百フィートをそのままころがり落ちているところだった。
-----スーザン・クーパー作「灰色の王」より

広々したファミリールーム

7月31日。 時差ぼけで4時に目覚め、うとうと過ごし、 7時半に起き出す。 スイミング・スクールの選手養成コースに所属する岬ちゃんが、ベッドの上を泳ぐようにつたってやってきた。
「ねえねえ、今日は何をするの?」
「湖に行って、そのほとりの斜面をごろごろ転がるのよ。もし そのまま湖に落ちても、岬ちゃんなら泳げるし」
オタクな大人にこんなことを言われても、 ちっとも驚いた様子を見せないのは、 お母さんであるTitmouseさんの、日頃のご薫陶のたまものであると言えよう。

部屋からの眺め

昨日、奥さんに「朝食は8時半」と言われていたので、8時半ぴったりに下の食堂に。
「グレープフルーツとシリアルのどちらになさいますか?」
奥さんの言葉に(「『両方とも』と答えてはいけないのだろうか?」と思いつつ)、大人3人はグレープフルーツを、岬ちゃんはシリアルを選んだ。 飲むのは紅茶にきまっている。 目玉焼き、大きなベーコン2枚、マッシュルーム、焼きトマト、ソーセージ、そしてバター焼き(というより、フライ?)したパンという、 B&Bの平均値よりもかなり盛りだくさんな朝食プレートである。

超豪華な朝食(ゆきみさん提供)

私はイギリスのソーセージに対して、高い評価を与えていないのだが、ここのソーセージは上位の部類に入ると思った。 かなりしつこいことには変わりないが、臭みがない。

一方、 テーブルの上のソースに興味を示すのが食い道楽のゆきみさんである。
「このソース、とってもフルーティー♪ ソーセージにかけて食べると美味しいわ」
へえ、そうなのか、明日はそうやって食べてみよう。

フライパンの中でバターを吸ったパンを食べると、もうお腹がいっぱいになってしまう。 それなのに、 奥さんがトーストのおかわりを持ってきてくれると、 つい、もう1枚食べようかな、という気になる。 結果、 お腹は120パーセント満ち足りてしまった。



城跡

「崩れたお城でね、カーデルのすぐそばにあるそりゃムードたっぷりの場所だ。けど建てられたのは13世紀になってからなんだよ」
-----スーザン・クーパー作「樹上の銀」より

ほとんどひとけがない(Titmouseさん提供)

10時半、宿を出る。 今日の目的地である「佳き湖」ことタル・ア・フリンに行く前に、 この近くにある、古い城跡カステル・ア・ベレに寄ってみることにした。 湖の少し手前で左に折れると、目指すものはすぐに見つかった。 車を置き、木戸を開け、きちんと閉め、 羊の糞だらけのフットパスを歩く。 10分かそこら登ると、目指す城跡があった。 「今日はここでごろ寝」と決め込んだカップルが1組いた。 それ以外は私たちと、もう1家族だけ。 一応このあたりでは観光ポイントの1つであるというのに、観光客はこれしかいない。

歩きながら、岬ちゃんは、絶えず何かぶつぶつ言っている。
「また羊のウ○コ! ここにもウ○コ!」
この後の湖水地方でも、羊の糞からは逃げられない。 イギリス初体験の岬ちゃんにとって、 羊の糞のオンパレードが強烈な思い出となることだろうと思うと、なんだか可哀想な気がしてくる。
ごめんね、田舎ばかり連れ回して。 イギリスにあるのは羊の糞ばかりじゃないのよ・・・。

羊の糞は気に入らなくても、城跡自体は楽しいようで、岬ちゃんは隅から隅まで歩き回った。 さして大きくないのだが、 全部見て廻るとなると、それなりに時間がかかる。岬ちゃんにつられて、我々大人たちもあっちこっちをうろうろし、のんびりと時を過ごした。

遙か向こうに鳥岩が見える

「樹上の銀」に書かれているとおり、 この城跡は13世紀のものである。 つまり、 アーサー王よりも数百年後。 だから、「闇の戦い」シリーズでも、 「無関係なもの」として扱われているが、世の中の移り変わりが遅かった大昔のことであるから、 アーサー王時代のものと比べて、城の規模はほとんど変わらないだろう。 たとえば、「アーサー王に近隣の諸侯が従った」とか言っても、この山間の村々の長がほんの数人か、多くても数十人が馳せ参じた、ぐらいのことだったのだろう・・・。 そういう空想に身をゆだねることができただけでも、ここに来た甲斐は十分にあった。

城跡から今来た道の方角をふり返ってみると、 見間違えようのない鳥岩の偉容が目に飛び込んできた。



佳き湖と灰色の王

タル・ア・フリンは目の前にあった。 空の上の塊上の雲を一日中吹き飛ばしていた風がさざ波を立てていた。草のみどりとワラビの茶色におおわれた山は、湖の左右に伸び、高くそそり立っていた。
-----スーザン・クーパー作「灰色の王」より

気が付くともう正午になっていた。岬ちゃんが 「ねえ、ごはんは?」と訊いてくる。 私は愕然とした。ちょ、ちょっと・・・さっきあんな豪華な朝ご飯を食べたばかりなのに、もうお腹が空いてるの?

タル・ア・フリン

私はイギリスやアイルランドを旅する場合、 宿の朝ご飯をたらふく食べて、昼はクッキー2、3枚程度で済ませることが多い。そして、夕方5時をまわった頃、 早めの夕ご飯をとるのだ。 (イギリスやアイルランドは夕食が非常に早いので、そういう時刻でも夕食にありつくことができる。イタリアやフランスでは、中華でさえ、お昼の後、いったん店が閉まるので、なかなかそういうわけにはいかない。) これは別に節約しているわけではなく(結果的には節約になるが)、それが私にとっての1日の食事の適量なのだ。

ふと、 私の心に不安がよぎった。 もしかして、今回の旅では3食きちんと食べなくてはならなくなるのだろうか? 

パーキングに戻り、「佳き湖」ことタル・ア・フリンを目指す。 ほどなく前方に鏡のような美しい湖が見えてきた。 ここも観光名所とはいえ、訪れる人は少なく、とても静かである。 「灰色の王」ことカーデル・イドリスは左岸奥にそびえているはず・・・なのだが、見えるのは手前の丘の斜面だけ。地図によると、私たちが探している峰は、その後方に位置するはずなのである。いったいどこに行けば見えるのだろう? 

左に行くとカーデル・イドリス登山口

右岸(つまり湖の南側)に沿った道をさらに進み、 湖の奥で道なりに左折し、反対の岸へ。 そこのパーキングに車を停め、 "Cader Idris"という標識に従っていくと、 木戸があった。 そこがカーデル・イドリスの頂上へ至る登山道の出発点なのである。 その道は日差しを遮る森の中にあり、脇には渓流が音をたてて流れていた。心が洗われる思いがする。言ってみれば、 「傾斜のきつい奥入瀬」のような感じ。 それにしても、ウィルみたいにゴロゴロ転がると湖に落ちそうになる斜面というのは、いったいどこにあるのだろう?  ほんとうだったら、頂上に登ってみて、 確認しなければならないところである。 でも、頂上往復には5時間かかる。 健脚にはほど遠い私たちにとって、今回の旅行のメイン・イベントは、湖水地方の(土人がオールド・マンと呼ぶ)カンチェンジュンガ登頂であり、 それだけでも十分大変なことだと思っていたので、 カーデル・イドリス登山など、はなから念頭になかった。登山道を5分ほど登ったところで、あっさり引き返し、さっさと パーキングにまい戻ったのはそういうわけである。

カーデル・イドリスは
この丘の向こうにあるはず

湖のほとりに戻り、パブのテラスで昼食。お腹、ちっとも空いてないのに・・・。 大人3人は 本日のスープ(ロールパン付き)、チェダーチーズのサンドイッチを分け合い、 岬ちゃんはお子様用メニューの「ハリー・ポッター風フィッシュ&チップス」をとった。どこがハリー・ポッターなのかというと、魚のフライが額の傷のような「W」の形をしているのである。

このパブには、「タル・ア・フリン新聞」のような印刷物が置いてあった。何の気なしに手にとってみると、いきなり、「ウィルがなんたらこうたら」と書いてあり、私たちは異様に盛り上がった。

ぼやぼやしていたら、あっという間に3時。 パブを出て、湖の左岸の道を進んでみたら、 すぐに行き止まりになってしまった。 ここにも「ゴロゴロ転がって湖に落ちそうになる斜面」は無い。

石垣によじ登って撮った

再び右岸の道に戻り、少し先を右折してみることにした。 少しでも湖を見下ろせそうな道が、 他には見あたらなかったからである。 予想どおり、その道には比較的良い撮影ポイントがあった。(それでも石垣によじ登らなくてはならなかったが。) しかし、そこから右手前にそびえているはずのカーデル・イドリスは、やはり見えない。

うーむ。。。 私たちは地図を覗き込み、以下のように推測した。

カーデル・イドリスの中腹に"Llyn Cau"という湖がある。距離や等高線の具合などから推察するに、 タル・ア・フリンよりもそちらの湖のほうが、 「灰色の王」の中の「佳き湖」のイメージに近いのではないだろうか。 とにかく、タル・ア・フリンからはカーデル・イドリスは見えないし、ゴロゴロ転がれる斜面(しつこくて失礼)も存在しない。

もしも、 この旅行記を読んだ方が、 カーデル・イドリス登山を敢行し、 「『ほんとうの』佳き湖」を見つけることがあったなら、 私たちにとって、この上もない幸せである。 その際はぜひご一報くださいね。 でも、 頂上で夜を過ごすと、大詩人か狂人のどちらかになってしまうので、狂人になる覚悟がない場合は、昼間のうちに麓に戻るほうがよろしいかと。

・・・でも、 闇の手先になるのもまた、愛読者冥利に尽きるというものかもしれないけれど。


カドヴァンの道

「<カドヴァンの道>なんて本当にあるの?」
「もちろんあるとも。フルーイブル・カドヴァンという。秘密でもなんでもないが、この頃じゃたいがいの人が忘れちまっている。その代わりに、タウィンの新しい住宅開発地域のひとつにカドヴァン通りってのがあったっけ。」
-----スーザン・クーパー作「灰色の王」より

このSL、前から撮れなくて残念
すぐに見つかった(Titmouseさん提供)
カドヴァン教会

まだまだ日が高い。私たちはタウィンの町に出てみることにした。 なにしろ、まだ絵葉書を買っていないのだ。 ほんとうだったら、着いてすぐ、絵葉書を買って 「着いたよ」と書いて、投函しなくてはならないところなのである。

パーキングを探して町の中をぐるぐる廻っていたら、 駅があった。駅とは言っても、 おもちゃのようなSLが走っているだけの、 観光客専用と言っていいような路線である。 窓口で 訊いてみると、 次の駅はとても近く、一駅だけ乗って、 歩いて帰ってくることは楽勝だと言うので、 乗ってみることにした。 次の駅で降りると、そこは住宅地の真ん中で、 "FFORDD CADFAN"(=カドヴァン通り)という標識が立っていた。 おお! まさかこんなに簡単に出くわすとは!

タウィンはごくごく小さい町なので、 迷うことなく、あっという間に町の中心に戻ることができた。 カドヴァン教会がすぐそこにあったので、入ってみると、不思議な文字が書かれた石が あった。「灰色の王」の中の記述と全く同じである。

さて、お次は絵葉書である。 中央通りに面した新聞雑誌店の前のスタンドで、 絵葉書を見つくろったが、 どちらかというと明るい雰囲気のものばかりで、 「いかにもウェールズ的な陰気な湖の絵葉書」は見あたらなかった。 でも、カーデル・イドリスの中腹にある"Llyn Cau"の絵葉書は、私たちが想像したとおり、「佳き湖」のイメージにきわめて近かった。 また、違うアングルからカーデル・イドリスを撮った絵葉書もあったので、手がかりになるかもしれないと思って、買ってみた。 絵葉書の説明には「Mawddach河の河口とカーデル・イドリス」とある。 地図で調べてみたところ、 「Mawddach河」とは、まさに昨日通ってきたあたりだった。

結論: カーデル・イドリスは南からは見えない。 どうしても見たければ、頑張って登るか、あるいは、 北から見るしかない。

まだまだ日が高いので、 ビーチに出てみることにした。 中央通りを海に向かって歩いていくと、 右側に郵便局があった。なかなかポップで可愛い郵便局である。 Titmouseさんはこれを楽しみにしていたらしく、 早速写真を撮っていたが、 なぜか首をかしげている。

こちらの駅も巡礼ポイント

どんどん進むと、今度は普通の鉄道駅があった。 これこそが ウィルが タウィンに着いたとき降り立った駅である。ここの写真は撮らねばならない。

駅を通り越し、さらに10分ほど歩くと、 ようやくビーチが見えてきた。 西日に照らされたビーチで、 しばしの間、水と戯れる。 一日中オタクな大人たちとつきあってくれた 岬ちゃんは、ここでは心の底から楽しんでくれているようだった。 町に戻り、インド料理店で夕食。 注文したカレーは妙に甘かったが、 パブ飯以外のものが食べられたことを、私の舌と胃袋は喜んでいた。


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