[HOME]

児童文学の旅
クーパー&ランサム聖地巡礼記(3)

ウェールズの地図

鬚が淵

「山彦を聞く時って不思議と気のきいた文句は思い浮かばないものなんだね」
-----スーザン・クーパー作「樹上の銀」より

鳥岩の朝

8月1日。 4時半に目が覚め、二度寝。7時起床。

今日も 豪勢な朝食。 宿泊料金が朝食込みだと、 もとを取ろうとしてお腹一杯食べてしまう 私というのは、 なんと浅ましい人間なのだろう。 いくらたくさん出されても、 自分で調節して食べれば済むことなのに。 と思いつつ、たらふく食べ、胃薬を飲む。

今日はアベルダヴィ泊なので、(シャワーの水圧が低いのだけは困りものだけれど)最高に居心地の良いこの宿を チェックアウトしなくてはならない。 奥さんに別れを告げるとき、 Titmouseさんが、 そこらに置いてあった観光パンフレットを指さし、
「これはどう発音するのですか?」
と尋ねた。
指さしたところは、語頭に"L"の文字が2つ続く単語。
おお、よくぞ訊いてくれましたTitmouseさん!
北はタウィン、東は幸せ谷、
南に行くとアベルダヴィ
奥さんは即座に発音してくれた。 まさに「百聞は一見に如かず」の逆で 「百見は一聞に如かず」。 実際に聞いたら、 「舌先を歯の裏に付け、舌の両脇から息を漏らす」というブラァンの説明が、一瞬にして理解できた。 これで"Llangollen"も片仮名の「スランゴスレン」ではなく、正しく発音できるようになった。

10時15分、宿を出発。 タウィンを過ぎてから左折し、"Happy Valley"すなわち「幸せ谷」へ向かう・・・はずだったのに、運転手とナビゲーターが、揃ってその標識を見落とした。
「ハッピーヴァレーは左!!!」
私は後部座席からわめいた。 たまにはお役に立てることもある。

すぐにUターンし、右折。 幸せ谷のパーキングに着いたのは11時だった。 さんさんと降り注ぐ日の光を浴びながら、 谷底のフットパスを東に向かう。 道はひたすら上り坂である。 羊の糞を避けながら歩くうちに、ひどく暑くなってきた。

幸せ谷

つくづく 思うのだが、どうも今回のウェールズの旅は、 天気が良すぎる。 ちょうど私たちが到着した日あたりから、 天気が良くなったらしい。それまでは雨模様だったのだそうで、ことあるごとに、 「あなたたちは幸運ですね」と言われ、そのたびに、複雑な気分になる私たちだった。 ウェールズには「『灰色』の王」を見に来たのだから、 曇ったり、霧が出たり、小雨が降るぐらいのほうが、 物語の世界に浸れるんじゃないかなあ。

暑くてひと休みしたくなったが、 先がどうなっているのか知りたいという気持ちのほうが強くて、 一気に登ってしまった。 登り切ると、突然視界が開け、そこには 水面が草で半ば覆われた池があった。 パーキングからここまでの所要時間は40分。

鬚が淵

「ここが鬚が淵ね」と言って、写真を撮っておしまいにすることもできるのだが、それではつまらないので、 左廻りに池を廻ってみることにした。 池の周囲の、 道であると言えば言えるが、道でないとも言える道を歩くと、その両側にはいつもおなじみの植物が生えていた。 真夏というのに早くも茶色く枯れかかったのもあり、全体として、なかなかニュアンスの豊かな色合いをしている。

「・・・これ、ワラビよね」
「たぶん。『闇の戦い』シリーズにはワラビと書いてあるもの」
「シダとはどう違うの?」 
「うーん、わかんない」 
「若い葉がくるくる巻いてるのは、 ゼンマイと同じね」
「ワラビが若いときをゼンマイというの?」
「まさか」
これはなあに?
枯れたワラビ?の中でウィルになりきる
残念ながら、今回のメンバーの中に博物学者はおらず、植物学上の議論は結論が出なかった。 とりあえず、その植物のアップの写真を撮っておく。 わざわざ道からはずれて、その植物の中を歩き、ウィルになりきってみたオバカが約1名。

池を4分の1周ほどすると、道はますますあるのだか無いのだかわからなくなった。 かまわず草の中を進み、 ちょうど半周したところにある、岩の塊のような 高台に登った。 ここのてっぺんにはケルンがある。

「こだま岩を探さなくちゃ」
「樹上の銀」を手にしたTitmouseさんが言う。
えっ、こだま? そんな場面、あったっけ?と思いながら、私はあたりを見まわした。(自慢じゃないが、私は読むのがとても早い。が、忘れるのも早い。しかも、年をとるにつれて、忘れ方が激しくなっている。) 周囲にさして高い山がない、こんな場所に、こだまの聞こえるポイントなんて、あるのだろうか?
「50平方ヤードほどの窪地・・・水の代わりに葦に似た草が生えている・・・崖の上から、窪地越しにわめく・・・反対側に断崖めいた岩山がある・・・」
つぶやきながら歩くTitmouseさんの足が停まった。
「ここだと思う」
私たちは今まで、池の方ばかり見ていたが、彼女は池に 背を向けている。 それにならって、向きを変えてみると、眼下には真っ平らな窪地が広がり、その向こうには小さいながらも岩壁があった。
ほんとうだ。ここだわ。でかした、Titmouseさん!!

こだまの実験

ここはぜひとも実験してみなくてはならない。 でも、何を言おう? ここはやっぱりこれでしょう。
「アホイ!」
「アホイホイ・・・」
実験大成功。
この後もいくつかの言葉で実験し、 私たちが得た結論は、以下のとおりである。

きれいな山彦を聞きたいなら、短い言葉を選ぶこと。でも、1音節だとあまり面白くないので、2音節が最適。日本語の「ヤッホー」、英語の「アホイ」(「ホイ」は二重母音だから、この単語は2音節である)は平凡だが、もっともふさわしい。 長い言葉(「おどろきもものきさんしょのき」など)はうまくいかない。

山彦で遊んでいたら、 中年の イギリス人男性がやって来たので、 「こだま岩」のことを教えてあげた。 幸いにも、この人はなかなかノリの良い人で、 すぐさま 喜々として「オーーッ!!」と叫んでこだまを聞き、 あとからやってきた奥さんに 説明していた。
でも、後になって、
「あの東洋人---日本人?---たちは、 なぜあそこがこだまポイントだということを知っていたんだろう? 東洋の人はそういうことが自然にわかるのか?」
と夫婦で語り合ったかも。



幸せ谷

道がとある山腹に沿って湾曲したと思うと、突如目の前に海が開けダヴィ河の広い河口と、干潮時の金色の砂がきらめき拡がる中を流れる銀の糸さながらの川筋が見えた。
-----スーザン・クーパー作「樹上の銀」より

アーサー王の馬の蹄は
岬ちゃんの足と同じ大きさ

この付近の巡礼ポイントとしては、 あとまだカルン・マルク・アーサー、すなわち「アーサー王の馬の蹄」が残っている。 地図を見ると、 来た道から見て、向かって右方向にあるようだ。 となると、鬚が淵から多少登ることになる。 先ほどの中年夫婦も同じものを探しているらしく、 地図を覗き込んでから、右の斜面を登っていった。 彼らのあとについて、 足場があまりよくない湿地を横切り、斜面を 登り切ると、道は右方向に曲がっていた。 道なりに行き、 ゆるやかな坂道を少し下ると、 目指すものはすぐに見つかった。

「これはなあに?」
岬ちゃんが尋ねる。
「昔、アーサー王の馬が残した蹄のあとなんですって」
岬ちゃんは、承服しかねるという顔をしている。 それは我々大人も似たようなものだ。
「とにかく、そういう言い伝えがあるってことよ」
岬ちゃんは、あたりを見まわしてから、おもむろにこう言った。
「あのね、アーサー王はね、ここで馬から落ちて、そこに尻餅をついて、ずーっと馬に引きずられていったの」
彼女の視線の先には、ごくたまに通るらしい、車のわだちの跡が続いていた。
馬に引きずられるなんてそんな。・・・映画『王の帰還』のファラミアじゃあるまいし。

そこで、私たちはもと来た道を戻るという当初の予定を変更し、「アーサー王のお尻の跡」をたどって帰ることにした。 父の愛に恵まれなかったファラミアを偲ぶため、、、ということではもちろんなく、地図を見て、その道でも帰れるし、距離はむしろそのほうが短いということがわかったからである。

遙か下にはダヴィ河の河口

道の左手にある野原は、急傾斜の下りになっていて、 その底には広い真っ平らな土地があった。 よく見ると、その中程を川が流れている。 ダヴィ河である。 つまり、真っ平らな土地に見えたものは、 アベルダヴィすなわち ダヴィ河の河口近くに広がる砂州だったのだ。 この道にしたのは正解だった。 おそらく、これこそが、ブラァンの言う「パノラマ遊歩道」だったのだろう。

夏の日に照らされて、だらだら坂をのんびりと歩く 。 もっと眺望の良い場所はないかと、欲を出した私は、 斜面をよじのぼり、ハリエニシダのとげにいやというほど刺された。黄色くてきれいな花なのに。
「ハリエニシダにはとげがあるから、羊も近づかないのよね。本に書いてあったわ」
とゆきみさん。
えっ、そんなこと、書いてあったかしら(汗)
ゆきみさんの朗らかな声はさらに続く。
「さっきから『ねえねえ』っていう声がずっと聞こえていて、 『また岬ちゃんだ。うっるさいなあ』と思って声の方を見たら・・・羊だったわ」
大人たちは大爆笑。

今に始まったことではないが、ほんとうに羊だらけなのである。そこで私は、草をはむ羊の「絵になる写真」を撮ろうと試みた。が、無駄な努力に終わった。 羊というのは、普段はぼやぼやしているくせに、カメラを向けると、すたこらさっさと逃げてしまうのだ。

そうこうしているうちに、だらだら坂は、それまでだらだらしていたツケを返すかのように、すさまじい急坂になった。 これは後で膝にきそうだ。

その坂を下りきると、フットパスの入り口のすぐそばだった。 鬚が淵に行くときは、真っ正面ばかり見ていたので、 こんな道が脇にあることには、まったく気づかなかった。
14時、 パーキング着。

* * * * * * * * *

注(脱線気味なので無視してください): ウェールズ語のウェブ辞書で"aber"を調べると、もちろん"estuary"(=河口)と出てきます。 フランスのブルターニュ地方注の注は、歴史的・文化的にウェールズとの関わりが深いのですが、ブルトン語でも"aber"は河口のこと。 Titmouseさん、情報ありがとうございました。

注の注(さらに脱線気味です): ブルターニュのことを英語で"Brittany"といいます。 英語に"Brittany"という語が出てきたら、「ブルターニュ」と訳すべきです。 外国の地名を日本語に訳すときは、現地で使われている地名を使うのが原則なのですから。
ところが、「灰色の王」38ページでは"Brittany"は「ブリタニー」と訳されています。 私は、自分がこのシリーズを これほどまでに好きになったのは、 浅羽莢子さんの素晴らしい翻訳によるところが大きいのではないかと、密かに思っているくらいなのですが、この部分だけは不満です。



前頁へ  次頁へ

このコーナーのトップへ