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児童文学の旅
クーパー&ランサム聖地巡礼記(4)

ウェールズの地図

アベルダヴィ

「なかなか、うまいじゃない」と、ロジャがいった。「しんまいにしちゃ」
-----アーサー・ランサム作「ツバメ号の伝書バト」より

アフタヌーンティーinウェールズ

14時半、アベルダヴィ着。

今夜の宿はアベルダヴィのビーチ(とは言っても、この町の場合、海岸のビーチではなく、河口のビーチなのである)の正面に建つ長屋の中の1軒だった。門口が狭くて、 玄関のドアにたどり着くために、階段を数段上らなくてはならないという、イギリスによくあるタイプの長屋である。 私とゆきみさんの部屋は1階、Titmouseさんと岬ちゃんは2階。 部屋は狭いが、テレビがある。 何よりも、2人で1つのシャワーが使えるのがありがたい。

ソックスと 汗をかいたTシャツを洗濯し、 ノースリーブのワンピースを着る。 本来、 このワンピースはイギリスではなく、この後行くフランスで活躍する予定だった。イギリスでこんなに暑い思いをすることになろうとは。 足元も、 いつも履いているランニングシューズを脱ぎ、サンダルにする。


左手前がウェルシュ・ケーキ
(Titmouseさん提供)

ビーチにふさわしい格好になったところで、 まずはBBの隣りにあるティールームへ。 なにしろ今日はあんなに歩いたのに、まだお昼を食べていない。胃の動きの悪い私でさえ、 今、何かを食べることに異存はない。

考えてみれば、今回イギリスに来てから、まだアフタヌーン・ティーは経験していないのである。 私は普通のアフタヌーン・ティーを、 Titmouseさんとゆきみさんは 「バラブリス注1」というウェールズのお菓子が付いている「ウェルシュ・アフターヌーン・ティー」を注文した。どんなお菓子なのかと楽しみにしていたら、今日は品切れだと言われて、2人はがっかり。一口お相伴に預かろうと思っていた私もがっかり。結局、バラブリスの代わりにお店の人が薦めてくれたウェルシュ・ケーキ注2を付けてもらった。 まあウェールズのものが付いているからいいか。

「本場のアフタヌーン・ティーはまた格別!」と言いたいところだが、正直、お味はどうということはなかった。 スコーンも作りおきしたもので、 焼きたての熱々ではなかった。 でも、ほどよい空腹を満たすにはちょうどいい量だったし、やっぱりイギリスでアフタヌーン・ティーというのは、悪くないものである。

さて、お茶の次はビーチである。 ティールームを出て、パーキングを横切り、 ビーチに出た私たちは、思いがけないものを見た。
「ヨットだわ!」
ちょうどヨット教室が始まったところだったのだろう、外海に向かってでかける小帆船が群れをなしている。
「ここはランサムの世界だわ」

小帆船の群れ

驚きと感動にひたると、言葉はいらなくなる。 私たちはしばらくの間、黙りこくって、小帆船の群れをただひたすら見つめた。

小帆船の群れが遠ざかると、 我に返ったような気がした。 しばらく波打ち際で遊んでから、 ヨットスクールらしき建物に近づいてみる。 建物自体には 関係者以外は入れないが、 その周囲のデッキは歩くことができた。 子供たちが、そのデッキから、数メートル下の海に飛び込んで遊んでいる。

なかなか、うまいじゃない
(ゆきみさん提供)

のんびりと 彼らの歓声を楽しんでいたら、 さきほどの小帆船の群れが帰ってきた。 風が弱いし、周囲に泳いでいる人々がたくさんいるので、 そうスピードを出すわけにはいかない。 とても動作がのんびりしているようだ。 もしかしたら、初心者が多くて、 手際が悪いのかもしれない。 その中で、ひときわスムーズに帆走しているヨットがあった。今、まさに間切ろうとしている。

間切った瞬間、ゆきみさんが 「うまい!」と声を上げた。

帆船と海を堪能した私たちは、 いったん宿に帰ることにした。 水を買いに入った店で、 Titmouseさんは、アフタヌーン・ティーのときに食べそびれたバラブリスを、 私は"Welsh Tales for Children"という本を 買った。 目次に 「海の底の国」「黄金の竪琴」などといった、非常に魅力的な言葉が並んでいるこの本を、 この日以来、毎日、宿のベッドの中で手にとって、読もうとするのだが、いつも 数行読んだだけで、眠りに落ちてしまうのだった。 この原稿を書いている今現在もなお、未読のままである。注3

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Titmouseさんによる注1・注2:  バラブリスは「樹上の銀」183ページに、ウェルシュ・ケーキは「灰色の王」188ページに出てきます。

注3:  結局、この本は帰国後も読めず、Titmouseさんに読んでいただくことになりました。Titmouseさんがご自分のブログに内容をアップしてくださっています。各話へ直接飛びたい場合は、以下をクリックしてください。「海に沈んだ国」 「黄金の琴」 「オウェイン・グリンドゥル」


どんどんおくれてしまって

眺望の右半分全体を占めるのはカーディガン湾の青い海。長い砂浜が霞がかったはるか彼方にまで伸びている。すぐ眼下にはアベルダヴィ・ゴルフ場の不揃いな砂丘とその陰のみどりのうねりが横たわっていた。左手では砂浜はダヴィ河の広々とした砂州に流れこんでいる。
-----スーザン・クーパー作「樹上の銀」より

「きまった時間に食事をするってことが、いちばんだいじなことなのよ」
-----アーサー・ランサム作「ひみつの海」より

宿でひと休み。

ゆきみさんがじっくり丁寧に洗濯している間に、 ふと思いついてテレビを点けたら、 「シザーハンズ」をやっていた。 かのジョニー・デップの出世作というだけあって、 とても面白い。 シャワーを浴びてから遊びに来た岬ちゃんも、 じっと見入っている。 台詞がわからない観客をも、ここまで惹きつけるとは、たいした映画だ。

アベルダヴィのビーチ

映画に夢中になっているうちに、時計の針は7時をまわろうとしていた。 もう今日はどこにも行かないで、これをずっと観ていればいいんじゃないかという気にさえなりかけたのだが、そういうわけにもいかない。 わざわざアベルダヴィにまで来たからには、 「樹上の銀」で、 ドルーきょうだいがウィルが再会し、ブラァンと知り合った場所を確認しなければならないのだから。 Titmouseさんとゆきみさんにせっつかれて、 私と岬ちゃんは「シザーハンズ」に未練を残しながら、車に乗った。 目指すは「右半分にカーディガン湾、左半分にダヴィ河の河口が見える丘」である。

私たちが泊まったB&B

私たちの宿は、 アベルダヴィの町並みの、かなり西端に近いところだった。 このあたりは、ビーチ沿いの道路に面した長屋が1列あるだけで、 つまりは、丘に登る道すら無い。 そこで私たちは、ビーチ沿いの道を東に進んだ。すると、1列だけだった家並みが複数列になった。 つまり、道路も1列だけではなくなった。 (つまり、表通りだけでなく、裏通りもある。)そのあたりがアベルダヴィの町の中心地なのだろう。 私たちの車は その裏通りに入り、町並みの背後の急傾斜の坂道にとりついた。 「Happy Valleyはこちら」という標識がちらりと見える。 急坂に面して、貸別荘が延々と続く。
「このあたりはどうかしら」
ゆきみさんの声に、 車から降り、あたりを見まわす。 海が見下ろせるかと楽しみにしていたのに、 貸別荘の屋根やら、樹木やら何やらが邪魔になって、 ほとんど見えない。 その隠し方たるや、実に巧みで、 まるで嫌がらせをされているような気がするほどである。 このままで探索を 終わらせる気には、とてもなれない。

ドルーきょうだいが泊まったホテルは、 私たちの宿よりもさらに西の、一軒宿なのだから、 もう少し西に行ってみたらどうだろうか。 こう考えた私たちは、 再び貸別荘の間を縫うように走った。 適当なところで車から降りて、 ハリエニシダがそこかしこに生えている 急斜面を、足がちくちくするのも気にせずに少し登ってみると、 フットパスの入り口があった。 その場所からでさえも、住宅や樹木に遮られて、海も河口も見えない。 でも、このフットパスをさらに登れば、 きっと「樹上の銀」に書いてあったような 景色が見えるに違いないという確証を得たので、私たちは一応満足したのであった。

さて、そろそろ夕ご飯にしようか。

坂道を下り、アベルダヴィの中心地に戻り、 ここで 運転手以外の3人は車を降りた。 ゆきみさんがホテル前のパーキングに車を置きに行っている間に、Titmouseさんと私が、レストランを見繕って歩いていると、 初老の男性に声をかけられた。
「夕食をとるところをお探しですか?」
イエスと答えると、
「この先にある『ペンヘリグ・アームズ亭』というレストランは、 少し高めだけれど、味は保証しますよ」
と言った。
どうもありがとうございます。
でも、ここから歩いて15分くらいはかかるだろうし、このへんのパブにしておきましょう。


アベルダヴィのインテリアショップの
ショーウィンドー (Titmouseさん提供)

ゆきみさんが戻ってきたので、 あたりをつけておいた店に入ってみると、 かなりの混みようで、
「今から注文されても相当時間がかかる」
と言われてしまった。 しかたがないので、もう1軒、あたりをつけておいた店に行くと、
「席はみんな予約されている」
と断られてしまった。 これまたしかたがないので、最初の店に戻ると、
「今から注文されても、もう食べ物が無いので、料理は出せない」
な、なにぃ!! た、食べ物が無いって?!
可能性がある店は、さっき初老の男性が教えてくれた、例の有名レストランしかない。
「スーパーでテイクアウトでもしたら?」
と、ゆきみさんが言うが、 もう8時半なのだ。こんな時間にスーパーが開いているはずがない。
「こんな時間だったの!?」
時計を見てびっくりするゆきみさん。
そうなのよ。こんなに明るいんだけどね。。。
もとはと言えば、「シザーハンズ」なんかうだうだ観ていたのがいけないのだ。 一人旅だったら、気を張って先々のことを考えて行動するから、絶対にこんなミスはしない。 他の人が一緒だという甘えが心の中にあった。

ベッドでごろごろしながら、 テレビなんか
観たのがいけなかった

「BBの人に、レストランは予約しておいたほうがいいと言われたのは、こういうわけだったのね」
Titmouseさんがぽつりと言った。
そんな話があったのか・・・。
それにしても、ラテン系諸国だったら、 人々がレストランに繰り出すのは夜9時過ぎと相場が決まっているのに・・・。でも、 ここはフランスでも、イタリアでもなくて、イギリスなのだ。 この当たり前の事実に対する認識が不足していた。

しかし、ただ反省していても、空いたお腹はいっぱいにならない。私1人だったら、クッキーと水だけでふとんをかぶって寝てしまうところだが、他の人たち、特に、寂しげな顔をしてじっと空腹に耐えている岬ちゃんに、同じことを強いるわけにはいかない。 ダメかもしれないが、例の高いレストランに行ってみよう。

私たちは、 海岸沿いの道をひたすら歩いた。 前方にレストランのサインが見えたときの喜びと不安は、言いようのないものだった。 私は息せき切って店に飛び込み、叫ぶように尋ねた。
「夕食はとれますか?」
「レストランはもうだめです。でも、 隣りのバーでなら、おとりになれます」
・・・ああよかった。。。

4人で フィッシュ&チップス、豚肉のソテーをシェアし、 大人3人はエールを飲んで、 レストラン探しで溜まったストレスを発散させた。

幸せ谷で見かけた岩の割れ目
ウィルとブラァンが入っていったのは
こういうところなのだろうか?

宿に帰り着いたのは10時頃だった。 長いこと日に照らされた腕や首を、 シャワーで洗い流す。久しぶりに髪も洗った。 さすがにビーチリゾートの宿だけあって、 ここのシャワーの水圧は十分だ。

テレビを点けて、いろいろなチャンネルを見ていたら、 謎な言語でニュースをやっていた。 ラテン系でもゲルマン系でもスラブ系でもなさそうだ。 いったい何語なんだろう? しばらく考え、はたと思いついた。これはウェールズ語に違いない。

すごいなあと思った。 イギリスとウェールズに似た状況がある国と地方で、 その地方独自の言語によるニュースをやっている例は、 世界に どれぐらいあるのだろうか。 たとえば、 フランスのブルターニュ地方で、 ブルトン語のニュースが見られるのだろうか?  以前ブルターニュを旅したとき、 テレビの無い安い部屋に泊まってしまったのが悔やまれる。

天気予報によると、 明日は曇りときどき雨らしい。 カーデル・イドリスのあたりは雨模様のようで、 ようやく「灰色の王」らしくなりそうだ。 でも、私たちは明日、ウェールズとはお別れなのである。北上し、湖水地方に行くのだ。 その最大の目的はカンチェンジュンガ登頂。 晴れて欲しいのはこれからだ。

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Titmouseさんによる注:  このレストランは「樹上の銀」184ページに出てきます。


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