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児童文学の旅
【原点ふたたび】 長い冬休み(1)

はじめに

夕日を浴びた湖水地方
コニストン湖の西岸

あなたはアーサー・ランサムの本がお好きですか? 好きではない、 あるいはご存知ない、という方には、 1つだけお願いがあります。

湖水地方はイギリス随一の伝統あるリゾート地。 宿泊施設はよりどりみどりです。 私たちが泊まった Bank Ground Farmは 、アーサー・ランサムの作品 を愛する人たちにとってこそ「憧れの宿」ですが、 ランサムに関心の無い人にとっては、 イギリスの田舎によく見かける B&B(&Self-Catering)の1つにすぎません。 ですから、ランサムと無関係に湖水地方に行こうと 思い立たれた方は、どうか 他の宿をあたってください。 この旅行記を読んだ方が、 Bank Ground Farmにどっと押し寄せたら (そんなことはありえないとは思いますが)、 長年ハリ・ハウに憧れ続けた人たちが 泊まれなくなってしまうので・・・

でも、もしも万が一、この旅行記がきっかけになって、 ランサムの作品を手に取られ、好きになっていただけたら、 この上もない幸せです。 そのときは・・・Bank Ground Farmに泊まってください♪


12月22日「車酔いのくすり」

「新聞紙?」スーザンとペギイは目をまるくして ドロシアを見た。新聞紙!たき火をするのに!
-----「長い冬休み」 3章「もう知り合った」より

8時45分、エールフランス1668便は、予定より30分ほど遅れてマンチェスター空港に到着した。 荷物が出てこなくて手間取った私たち---ゆきみと私---が、 空港ロビーで待つ人たち---ふゆきとマリ---と顔を合わせたのは、 それからさらに1時間半後のことだった。

私たちが一堂に会するのはこれが初めてだった。 私はゆきみとふゆきを元から知っているが、彼女たち同士は初対面。 マリは現在イギリス留学中だが、 もとはと言えば、ふゆきがエジプト旅行中に知り合ったバックパッカー。 宿泊するコテージの定員が4人ということから、 数ヶ月前から大騒ぎして、ようやく集めたメンバーなのである。

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ランサム度に関しては、全巻読んでいる真性オタクは私一人。 ふゆきは私がプレゼントした2冊のうち、「長い冬休み」を読んで 「面白かった」と言ってくれたものの、 「ツバメ号とアマゾン号」は途中で 止まっている注1 (残念だけど、まいっか)。 ゆきみは参加が決まったこの2ヶ月ほどの間に「ツバメ号とアマゾン号」「ツバメの谷」を読み終え、 「ヤマネコ号の冒険」を途中まで読んだところで時間切れになりそうだと いうことで、 「海に出る話、好きなのにぃ」と言いつつ、泣く泣く中断し、 「長い冬休み」を読み始め、 昨夜、機内で読み終わったところ注2。 現時点では半ランサマイトではあるが、 「ティティが好き」 「ディックもいいわぁ♪」 などと口走る、実に有望な人材である。 残る一人、マリはランサムのラの字も知らない。 大丈夫かしら。

小湖から流れ出る渓流
渓流

あっという間に「もう知り合った」した私たちは、 空港前のHertzに行き、予約してあったレンタカーを借り、 一路湖水地方へ向かった。

車窓から見える田園風景は、さすがイギリス、 最初からそこそこ美しかった。 だが、湖水地方に入るとその美しさは倍加し、 思わず感嘆の声を上げる私たちだった。 やがてウィンダミアに入り、懐かしい石造りの家々が見えてくる。 アンブルサイド(北極近くのエスキモー部落)の可愛い町並み を抜け、コニストンに向かうくねくね道に入ると、 景色はぐっと「奥座敷風」になってくる。 右手に川が流れている。 「渓流だわ!」ハンドルを握るゆきみが歓声を上げる。

いよいよだ、と弾む心と裏腹に、どうしたことだろう、 体のほうがおかしくなってきた。 睡眠不足のせいだろうか。 小さい頃のことが、悪夢のようによみがえってくる。 あの頃は車に乗ったとたんに気持ちが悪くなり、 2回に1回はもどしていたものだ。 いくら子ども時代の愛読書ゆかりの地を巡る旅とはいえ、 それよりももっとずっと昔の車酔いが復活するなんて、あんまりだ。 胃液がぐっと上がってくる。まずい。 思わず「ごめん、止めて」と声をかける。 車の外に下りると刺すような冷気が体を包む。 ぐっと深呼吸して再び車に乗りこむ。

ハリ・ハウの玄関
ハリ・ハウの玄関

何回か同じことを繰り返して、 1時15分頃、ようやく Bank Ground Farm にたどり着いた。 門のところで、出てくる車とすれ違い、 運転席の男性に 「すぐに帰るから下で待っていてくれ」と言われる。 急坂を下り、白い長屋のような家の前に車を止める。 目の前にドアがあり、その脇に"Holly Howe"の文字。 これが私たちが泊まるコテージ、ハリ・ハウなのだ。 左隣のドアには"Beckfoot"とある。もうどっぷりランサムの世界。

先ほどの男性が戻ってきて、 石炭置き場やらごみ捨て場所やらを教えてくれて、 「何かあったらこのドアをノックしろ」と"Loft"と書いてある棟を指差した。

ハリ・ハウの中に入ると、1階はリビングキッチンになっていて、 2階にツインの部屋、ダブルの部屋、そしてバス・トイレがあった 。 リビングから前庭に出ると、 湖に向かって下る牧草地が広がっている。 一度はここで間切ってみなくちゃなるまい。 湖の向こうにはカンチェンジュンガがそびえたつ。 それにしても、湖も山々も、「冬枯れ」には程遠い、とても 温かい表情をしている。

ここがハリ・ハウ、目の前はカンチェンジュンガ
Bank Ground Farmの門の脇の看板
カンチェンジュンガの名も見える!

「雪が降ればいいなあ」と思わず口走ると、現実的なふゆきに 「冗談じゃないわ。あのタイヤじゃ走れなくなる」と一蹴されてしまった。 そっか。確かに、雪が積もったら 湖畔のドライブどころか、 上の道路に上がることさえできなくなるかも。 そりゃまずいわ。

ひとまずお茶を入れて(牛乳が無いからホット・ラム) 一服し、すぐさまキッチンに何があるかをチェック。 調理器具と洗剤は揃っているものの、 調味料さえ無いことがわかる注3。 トイレットペーパーも今ある分だけでは足りなそう。 4日間の献立をおおまかに決め、ウィンダミアへ買出しに行くことになったが、 私は今日、もうこれ以上車に乗る自信が無く、留守番させてもらうことにした。

暖炉の前のソファーに横になってみんなを待つ。 いきなり「ひとりぼっちのティティ」になっちゃった。 車酔いでバテてるという状況は「海出る」の ティティの方に近いかな。 それにしても、この寒さはなんとかならないものか。 寝室にあった電気ヒーターをリビングに下ろしてきて点けても、 ちっとも温まらない。 こんなところで4泊するなんて。風邪引いて死んじゃうかも。 ふと、ある考えが浮かんだ。 みんなが帰ってきたときに、 部屋が温かくなっていたほうがいいわね。 スーザンはあんまり柄じゃないけれど。 私は暖炉に近づき、 組んであるたきぎをこわごわ取り除けてみた。 下にはスポンジみたいな固形燃料があり、 それを包んでいる新聞紙は湿っていた。 ひどいわ、こんな濡れた新聞紙を置いておくなんて、と一瞬思ったが、 すぐにその匂いから、石油がしませてあることがわかった。 マッチ1本とたきぎさえあれば火をおこせるあの子どもたちだったら 目をむくだろうが、 ランサムの作品を読んでいても、 アウトドアにはとんと縁の無い私にとっては 、天の助けだった。 力を得た私はマッチをすった。

その後、暖炉の当番は私になった
スーザンは柄じゃないけれど
(ゆきみ提供)

火というのはたいしたものである。 スーザンになって暖炉の前で奮闘しているうちに、 さっきまでの寒さがうそのように消え去った。 車酔い以来ずっと続いていた頭の重さも消えていた。 火おこしというものは人を癒してくれるようだ。 盛大に燃えるたきぎを横目に、再びソファーに横になり、 のんびりとまどろんだ。 それにしてもみんなは遅いなあ。 今、私は北極で他の隊員たちを待ちわびるドロシアになっていた。

外は前からずっと薄暗く、今にも暮れそうでなかなか暮れなかったが、 4時過ぎ、ついに完全な闇がやってきた。 暗くなってからあの道を運転するのは大変だろうと心配していたら、 5時過ぎ、みんなは無事に帰ってきた。 クリスマス休暇直前のスーパーは大混雑だったそうだ。 ようやく元気になった私は、にわかにロジャのような腹へらしになった。 早朝の機内でのチョコレートパン以来、 ほとんど何も食べていないのだから当たり前である。 買い物がてらフィッシュ・アンド・チップスを食べて、 すっかり落ち着いているみんなを尻目に、 ブロッコリーとパスタをゆで、パスタソースをからめてがつがつ食べた。

8時頃入浴。8時半就寝。

* * * * *

注1・注2 :ふゆきとゆきみのランサマイト化の 経過詳細はこちらこちら
注3:そのときは見つからなかったのだが、 あとになって塩・コショーを見つけた。

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