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児童文学の旅
ケストナー聖地巡礼記(1)

前がきのない旅行記はない

チェコからドレスデン、そしてベルリンという旅程は、児童文学とは無関係に決めたのです。

ドイツに関しては宿の予約以外、ろくに下準備をせずに旅立ち、チェコでの旅程を半分以上消化した頃、初めてガイドブックを開きました。すると、「ドレスデンにはケストナー博物館がある」と書いてあるではありませんか。知っていたら、未読作品を読んでおいたのに・・・と地団駄踏んでも後の祭り。というわけで、せっかくの聖地巡礼なのに、予習が不十分だったことは否めません。

せめてもの救いは、2、3年前に「エミール(エーミール)」シリーズ2冊を再読してあったこと。そのお陰で、準備不足だったとはいえ、今回の聖地巡礼も、それなりに感慨深いものとなりました。



話はまだぜんぜん始まらない

国境の駅 ここからドイツ

8月9日の9時15分にチェコのマリーアンスケー・ラーズニエを発った私は、11時前、ドイツ国境を越えた。すると、それまであったチェコ語の車内放送がなくなり、ドイツ語だけになった。そして、チェコでは家々の屋根の色はもっぱらオレンジ色だったのだが、急に黒い屋根が増えた。緑が多いのは相変わらずだが、土地が平坦になり、見通しがよくなり、なんとなく退屈な風景に感じられる。

15年ぶりのドイツとの再会は、こんなふうに始まった。心はドイツを楽しむというより、チェコを懐かしんでいる。

それにしても、この電車のきれいなことと言ったら! 
"Vogtlandbahn"というこの路線、もしかしたら鉄道マニア垂涎の的なのではないだろうか。チェコに対して、ドイツのすごさを見せつけているんじゃないかと思いたくなる。ほとんど揺れない最新鋭の車体。ゆったりとしたかけ心地満点の座席。トイレに行ってみると、当然のように航空機仕様のぴかぴかトイレ。広々としている分、飛行機のトイレよりも上である。しかも、便座が高くて、腰掛けたら足がぶらぶら!(ドイツ人は背が高い!) 

こんな電車が、ど田舎を走っているのである。駅はほとんどが無人駅(ヨーロッパの田舎には珍しくないが)で、切符の自動販売機が車内にある。車内放送を聞いていると、いくつかの駅に関しては、下車希望の場合、車内のボタンを押さないと、停車せずに飛ばしてしまうようだ。つまりは、普通だったら、田舎のバスを走らせておけば十分のようなところに、こんなぴかぴか電車が走っているのだ。

廃線 線路の脇を廃線が走っていることが
ドイツには 多いような気がする
いくら車体が最新式であっても、線路がボロだったら、揺れるのではないだろうか。そう思って、車窓の外を眺めると、廃線となった線路がちらちら見える。よくわからないが、統合後、ドイツは旧東独の鉄道網を全部作り直しているのかもしれない。そんな大それたことができるのだろうかと思うが、ドイツ人だったらやりかねないような気がする。

12時30分、ツヴィッカウ着。12時38分発の電車に乗り換えなくてはならない。長距離移動で乗り換え時間が8分というのは、非常に短いが、そこはさすがにドイツの電車。きちんと定刻に到着し、余裕で乗り換えることができた。(でも、どのホームから発車するかなどは、自分で確かめなくてはならないので、個人で動くことに慣れていないと、乗り遅れてしまう可能性もあると思う。)

今度の電車は2階建て。もちろんきれいな電車だが、こちらは「最新型」ではない。ドイツに普通に見られるS-bahn(郊外電車)である。元来、「各駅停車の旅」が嫌いでない私なのだが、この電車は気に入らなかった。座席が高くて、足が床につかないので、疲れるのだ。しかも、座席が固い。間もなく私は腰痛に悩まされ始めた。もぞもぞしながら、残り2時間余りを耐える。ドレスデン着は14時51分なのに、14時半頃まで、電車が森の中を走っていて、しかも、ハイキング帰りの中高年のドイツ人グループがどやどやと乗ってくるのには、正直、驚いた。

ドレスデンにはもちろん定刻着。中央駅は工事中。駅を出ると、ここも再開発工事の真っ最中。 でも、いち早く完成したきれいなビルの1階には、ファーストフード店が入っていた。 その店のカウンターの上の、パンから大きくはみだしたソーセージの写真と、テラスのテーブルで巨大なアイスバインにかぶりついている男性を見た瞬間、ドイツにやってきたという実感がこみあげてきた。


ドレスデンに着き、ノイシュタットへ向かう

駅前再開発ゾーンを抜けると、再開発が完成した歩行者天国・プラーガー通り(高橋健二訳では「プラーグ通り」)が開けた。

ドレスデンのプラーガー通り 北からドレスデン駅方向を振り返る
左手いちばん奥がメルキュール
(その手前にちらっと見えるのが東独時代のアパートらしき建物)
右に3つ並んでいるのがイビス
私はいちばん手前のイビスに泊まった
共産主義っぽいアパート メルキュールの脇に建つ東独ちっくな建物
共産主義っぽいアパート 近づいてみるとこんなにボロい

右手にフランス系のわりと高級なホテル「メルキュール」があり、 左手にはこれまたフランス系中級ホテルの「イビス」がある。しかも、このイビスは3棟、団地のように並んでいる。これは壮観。それにしても、いったいどうしてドレスデン駅前はフランス資本に独占されてしまったのだろうか? 

右手のメルキュールの先にはインフォメがあるのだが、そのインフォメの後ろには、東独ちっくな高層ビル・・・おそらくアパート・・・がそびえている。このアパート、再開発計画のとき、問題にならなかったのだろうか? よくも取り壊されなかったものだ。このアパートは賃貸だろうか? 共産主義の時代は賃貸だったはず。だったら、賃貸料も急上昇したのだろうか? でも、こんな素晴らしい立地のわりには、今でも割安なのかもしれない。それとも、統合のときに分譲になった? もしもそうだったら、そのときに購入した人は転売して今頃は成金になっているのではないだろうか・・・。 などと、およそケストナーとは無関係の、うす汚れた大人の妄想で頭を一杯にして歩き、駅から一番離れたイビス「Lilienstein」へ。ここはネットで予約を入れておいたのである。1泊55ユーロというのは、私がホテル1泊に支払う金額の上限に近い。

部屋に荷物を置いて、すぐにでかける。めざすはノイシュタット。

駅前のトラム乗り場に行くと、電光掲示板があり、この後来る3台のトラムが何分後に来るのかが表示されていた。ガイドブックには、「ケストナー博物館最寄りのアルベルト広場は8番のトラム○○行きで4つ目」と書いてあったが、この先3台待っても8番のトラムは来ないようだ。そこで、乗り場の脇にあるインフォメーションで「アルベルトプラッツに行きたい」と言うと、「7番の、こっち向きのです」と指で方向を示してくれた。


いよいよケストナー博物館に入る

よくない醜いものを知るだけでなく、美しいものをもわたしは知っている、ということが、ほんとうだとすれば、それは、ドレースデンに生まれた幸運の賜物である。 何が美しいかを、わたしは書物によって初めて学ぶにおよばなかった。学校でも、大学でも、学ぶにおよばなかった。山林官の子が森の空気を呼吸するように、わたしは美を呼吸することができた。
-----「わたしが子どもだったころ」より


言われたとおり、すぐ次に来た7番のトラムに乗る。トラムは、旧市街の東の脇をノイシュタットに向かって、ひたすら北上した。エルベ川の橋を渡るとき、旧市街の町並みが目に飛び込んできた。その美しさに、一瞬息を呑む。かつてドレスデンは「エルベ川のフィレンツェ」と呼ばれていたのだそうだが、さすがそれだけのことはある。

橋を渡ってから、2つ目の停留所がアルベルトプラッツだった。車内放送で「アルベルトプラッツ。エーリッヒ・ケストナー・ムゼウム」と言ってくれるので、実にわかりやすい。

トラムから降りたつと、アルベルトプラッツは、噴水のある、すがすがしい雰囲気の広場だった。でも、目指す博物館がどこなのか、さっぱりわからない。ガイドブックの地図を確認し、ゆるゆるとそれらしき方向に向かってみると、塀に囲まれた、まるで普通の住宅のような小さな建物があり、日本人女性の3人連れが出てきた。ここだ、間違いない。

看板 門の脇に置かれた看板
いきなり「ようこそ」と書かれている

門には看板らしきものはなく、そのかわりに、門の脇に小さな看板がぽつんと置かれていた。しゃれたデザインの、ケストナーのファンなら、なんとなく嬉しくなるような看板である。玄関の表札を見ると、博物館はこの建物の1階だけのようで、2階には違う名前が書かれている。

玄関を入ると、若い女性が出てきた。「ムゼウムはここですか?」と訊くと、そうだという答え。そして、「 最初に説明があるので、ちょっと待っていてください。今、別の人たちに説明を始めてしまったところなので」と言う。見ると、若い男性がドイツ人グループに説明をしている。

入場料3ユーロを払うと、門の脇の置き看板と同じデザインの入場券をくれた。 待っていると、 もしよろしければ荷物をここに置いてもいいですよとか、暑かったらジャケットを預かりましょうとか、ここの人たちは、なんだかとても親切である。


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