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児童文学の旅
原点の旅【イギリス・湖水地方を訪ねて】


今をさかのぼること約40年前の旅の記録です。これこそが私の旅の原点です。旅の相棒ミチコに心からの 感謝を捧げます。

旅立ちまで

「自己紹介」の項で書いたように、私が初めての海外旅行に出たのは1977年のことでした。友人ミチコと私は、南仏モンペリエでフランス語研修に参加し、ついでにフランスとイギリスを廻ろうということになったのです。

その当時はまだ個人旅行などは珍しいことで、「地球の歩き方」さえ刊行されていませんでした。私たちの頼りは

ヨーロッパの町には必ず〈観光案内所〉というものがあり、そこに行けば宿の手配から何からすべてやってくれるらしい

という曖昧模糊としたウワサだけでした。

女の子二人がホテルの予約なしで外国を旅するなんてことは、はっきり言ってケシカラヌことでしたが、私の両親もミチコの両親もかなりノンキな人たちで、「みんな(って誰なんだ?)やってるから大丈夫」と言うと「ふうん、そうかそうか、気をつけて行っておいで」と送り出してくれました。本当に感謝しています。
(うちの両親は親戚の人に「そんなことを許すなんて信じられない、何を考えているんだ!」とおこられたそうです。)

旅程を立てるということ一つとっても私たちには初めての経験でした。(やっぱりロワールのお城ははずせないわよね!)語学研修を終えてからイギリスに渡り、(ねえ、ネス湖にも行こうよ!)スコットランドまで行く。ここまではすんなり決まりました。

ある日、私は意を決してミチコに言いました。
「私、どうしても行きたいところがあるの。ウィンダミア湖というところなんだけど。」

ウィンダミア湖はイングランド北部の湖水地方 Lake district 最大の湖です。ここはピーター・ラビットのふるさととして広く知られています。また、英文学を勉強した人は詩人ワーズワースゆかりの地であることを思い出すことでしょう。でも私にとってはアーサー・ランサムの書いた「ツバメ号とアマゾン号」の舞台に他なりませんでした。

アンさんが作ってくださったツバメ号アイコン

岩波書店から刊行された「アーサー・ランサム全集」全12巻は小学生だった私の愛読書でした。その臨場感あふれる物語のとりこになった私は「この湖に行きたい」と思いました 。でもいくら行きたくても、手がかりは巻末の「訳者あとがき」に書かれていた「イングランド北部」「湖水地方」「ウインダミア湖」という地名だけ。

毎日のように地図帳のイギリスのページを眺めたものです。(ちなみに当時の私は「イングランド」と「イギリス」の違いさえ知らなかったので、イギリス北部、つまりスコットランドのあたりばかり眺めていたのです。)いったいどこなんだろう。おっ、ここに湖がある。ひょっとしてこれかも・・・ 私の一番の望みは具体的な職業につくことでも、ましてや大学に入ることでもありませんでした。それは「大きくなったらウィンダミア湖に行く」ことだったのです。

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中学以降はランサムの本を手に取ることもまれになりました。 大学に入ると、本当に興味を持っていたのはイギリスの児童文学(ランサム以外にファンタジーものも大好き)だったのに、あえてフランス語を専攻しました。ウィンダミア湖は遠ざかるばかりでした。

それでも心の 中には熾火のようにくすぶりつづけるものがあったのです。

10年後、初めての海外旅行を前に交通公社(現JTB)のガイドブックを開いた私の目に飛びこんできたものは「湖水地方」の4文字でした。ああ、これだわ、ああああ、ようやく見つけたわ・・・たった1ページの記述を私はむさぼるように読みました。それによると湖水地方は有名な観光地で、「イングランドの小スイス」とよばれ、Bed and breakfast(B&B)を始めとする宿泊施設にも事欠かないということでした。良かった、こういうところならミチコを誘える。

優しいミチコは湖水地方に立ち寄ることを二つ返事でオーケーしてくれました。そして私が恐る恐る口に出した「ツバメ号とアマゾン号」にいたく興味を示したのです。彼女がそれを読み終わって「すごく面白かったわ」と言ってくれたときの安堵と喜び・・・(なんと彼女は続編の「ツバメの谷」まで読んでくれました!)

こうしてミチコはウィンダミア湖行きを心から待ち望む「同志」となったのです。


旅立ち〜ロンドン

7月22日、私たちはついに羽田空港を大韓機で飛び立ちました。軍事政権下のピリピリしたソウル空港での4時間のトランジットに耐え、アンカレッジ経由でパリ・オルリー空港に降り立ったのは26時間後。もうへとへとでした。

重たいサムソナイトのスーツケースを引きずりながらの旅の始まりです。モンペリエでの1ヶ月の滞在があるので荷物が増えてしまったのは仕方ないことですが、それに加えて、当時はすべての日本国民が「サムソナイトでないと国際線には乗れない」と信じていた時代だったのです。荷物には迷うことなく折り畳み傘レインコートを詰め込みました。

パリでフード付きジャケットを着て雨の中を颯爽と歩く欧米人観光客の姿を初めて見たときは、まさに「目からウロコ」でした。

はいていったのは合皮の「歩きやすい靴」。リュックを背負ってスニーカーで縦横無尽に旅する若者たちを見て、「私たちもああいうふうにしなくちゃいけなかったんだ」と悟る、そんな毎日でした。

シャンゼリゼの観光局はがらがらで、あっという間ホテルを手配することができました。今の殺人的な混み方を思うとまさに隔世の感があります。

フランス国内の移動のためには、「何キロ以上の距離をある一定期間内にぐるっと周ると何パーセント割引になる」というタイプの切符を購入しました。名称は変わっていても同じようなタイプの割引切符は今もあると思います。トーマス・クックの時刻表なんて知らなかった私たちは、ダイヤを調べるためにはいちいち駅に足を運んだものです。

パリからトゥールーズ、カルカソンヌを経由して地中海沿岸のモンペリエへ。1ヶ月の語学研修を終えて北上。ディジョンに1泊してパリに戻り、夜行フェリーでドーバー海峡を渡り、ロンドンに入りました。このあたりの記録を読み返すと、初めての海外旅行で、なおかつまともなガイドブックさえなかったにしては要領良く動いているので、我ながら感心してしまいます。

  

湖水地方へ

これから先は当時の旅日記を引用したいと思います。当時1ポンドは500円くらいでした。


8月29日

8時15分、ヴィクトリア駅に到着。さっそく Hotel reservation に行き、40分待たされた末に無事ホテルを予約。地下鉄で移動。ロンドンのチューブはパリのメトロより近代的な感じがする。

ホテルに荷物を置き、ユーストン駅に行く。ランサムの本にも「ここ(=ウィンダミア)に来るためにユーストンから汽車に乗った」と書いてあった。列車のダイヤを調べたら、なんと2回も乗り換えなくてはならないことが判明。

・・・(中略)・・・

スーパー「ウールワース」に寄って夕食を調達する。マクビティのクラッカー、チーズスプレッド、マヨネーズサラダの缶詰(意味不明)、ソーセージ、ヨーグルト、ジュース。この「ウールワース」もランサムの本に出ていたなあ。


8月30日

9時にユーストン駅着。ブリットレイル・パスに日付のスタンプを押してもらい、ビュッフェで昼食を買って列車に乗り込む。

席に着くと隣りの老夫婦がとても親しげに話しかけてきた。住所を教えてくれてリンゴやビスケットまでくれたのにはびっくりするやら嬉しいやら。

プレストンには15分位遅れて到着。降りたホームで待ち、次の電車に乗る。この電車は混んでいて座れなかった。朝から曇り空だったが、オクセンホルムに着いたころついに雨が降り出した。反対側のホームで待っていた短い電車に飛び乗る。

車窓からは石垣で区切られた牧草地が見え、その中には羊や牛がいる。ランサムの作品中にやたらに石垣が出てくるのはこういうことだったのかと納得。

終着駅ウィンダミアには3時到着。とにかくリオ(作中の名前。本当はボウネスという町 )に行かなくてはならないのだからと、 すぐさまバスに乗る。ボウネスの港のそばの Tourist centre で宿のリストをもらったが湖畔にはあまり B&Bは見当たらない。あってもみんな満室。

雨はどんどん激しくなる。ミチコとスーツケースを残し、バスで下った坂を今度は歩いて登る。B&B密集地帯の路地を一本一本のぞいていくが 《full》の表示ばかり。 ようやく《vacancies》を見つける。リストに載っていないのでちょっと戸惑ったが、ええい! とアタックしてみたら、おばさんが出てきて3.5ポンドのツインルームがあると言う。即決定。ミチコのところに飛んで帰り、二人して必死の思いでスーツケースをひっぱり上げる。

私たちの部屋は家族用らしく、シングルベッドが2つとダブルベッドがひとつあった。

ひとやすみしてから雨の中を再び港まで下る。お散歩。「リオ」はランサムの作品中ではつまらないところのように描かれているが、実際はとても美しい。200年の歴史を持つリゾート地というだけのことはある。うすっぺらな感じがない。ゴミひとつ落ちていないことにも感心する。


B&Bのおばさんが薦めてくれたレストランで夕食。卵2つの目玉焼き、大きなハムのソテー、ベークトポテト、パン、紅茶でしめて1.8ポンド。グラスワインとデザートもとって大満足。


8月31日

起き出して準備していたらおばさんが「朝食ですよ」と呼びにきた。朝食をとったあと出かけようとしていたら、またやってきてなんだかんだ言う。彼女の英語は正直言ってとてもわかりづらい。この地方の方言なのかもしれない。どうやら「雨がひどいから無理に出かけなくてよいのだ」と言ってくれているらしい。

本当にものすごい雨だ。「ツバメ号とアマゾン号」の「嵐」を思い出す。本に書いてあったとおり、夏が終わるとこの地方には雨季が来るのだ。

でも私たちは何があろうと出かけたかったのである。

始発の観光船に乗る。「ボウネス→アンブルサイド→ボウネス→レイクサイド→ボウネス」というコースで合計3時間。湖畔の家を見ては「ハリ・ハウってきっとこんな感じなんだわ」とか、島を見ては「これがヤマネコ島かも」なんて考えながら雨に煙った景色を眺めていると、ぜんぜん退屈しない。ミチコも楽しんでいたようだ。相棒に恵まれてほんとに良かった。最初から最後まで乗っていたのは私たちだけのようだった。(そりゃあたりまえだ。)

ボウネスに帰ってから昼食。ラムを食べた。満足。

午後は「島めぐり」という船に乗った。これにはブリットレイル・パスはきかない。

再びボウネスに戻ってから、今度は湖岸沿いの遊歩道を歩いてみた。ようやく雨がやんできた。

(左のイラストは「もしも晴れていたら、きっとこんなふうに素晴らしかっただろうに・・・」の図)

明日のためにMountain Goatというミニバスツアーを予約して帰宅する。




9月1日

朝起きたときに窓から空を見上げると青いかけらが見えたのに、10時発のアンブルサイド行きの船に乗って写真を1、2枚撮ったところで雨がポツリ。

アンブルサイドに着いたころは本降りになっていた。北極作中アンブルサイドはこう呼ばれている)も美しい町だが、坂の急なボウネスと違ってわりと平坦だ。

トマトスープ、ミートパイ、ライスプディングに紅茶という昼食をゆっくりとっていたら、予定していたバスに乗り遅れてしまった。次のバスでボウネスに帰ったら Mountain Goat のバスの出発ぎりぎりの時間になってしまい、すごく焦った。

バスには日本人男女(カップルではない)がいたのでびっくりした。 乗ったとたんに睡魔に襲われる。ライダル・ウォーター、グラスミアあたりまでは耐えていたが、そのあとケズウイックまでの間、舟をこいでしまった。不覚。

雨の中、運転手は右手でマイクを持ち、左手で指差し・・・つまりハンドルを持つ手は残っていないのだ。うわー! こわーいよー!! でもさすがに曲がり角など要所要所になると、両手で丁寧な運転をする。その説明も(実は少ししかわからなかったのだけど)面白かった。 バスで一緒になった人たちとも話ができてとても楽しかった。

湖は霧で煙ってしまってほとんど見えなかったが、それでもバターミアの辺りはとってもステキ。私たちを乗せたミニバスはV字谷の底をずんずん走る。斜面には羊がたくさん。ガイドブックに書いてあったとおりほんとにスイスみたいだ。(スイスって行ったことないんだけど。)バターミアでのお茶も最高だった。ほんのり甘いパンがとてもおいしかった。

帰り道は台風みたいな土砂降りになった。6時ごろボウネスに帰ってきたが、道を歩いている人もあまりいなかった。 土産物屋を見てまわり、木彫りのフクロウ Lakeland owl とこの地方の石垣についての本 Lakeland walls を買う。


9月2日

朝、宿を引き払う。荷物を置かせてもらって最後の散策。おばさんは「さようなら」を言うとき、不思議な音声を発した。それは 《Good-bye》でも 《Farewell》でもなかった。最後までここの方言はよくわからなかった。

10時43分ウィンダミア発。雨にはたたられたけれど満足。 来て良かった。




結び

私たちはこのあとエジンバラに向かいました。ネッシーには(当然)遭えなかったけれども、スコットランドを満喫しました。(本当は 「シロクマ号となぞの鳥」の舞台にも行ってみたかったのですが、これはそれこそ「なぞ」なのであきらめました。)

そのあと南下してロンドンに戻り、ロンドンを起点にストラットフォード・アポン・エイボンとケンブリッジへ。再びフェリーでドーバーを渡り、パリへ。その後トゥールに行き、そこを起点にロワールの城めぐりもしました。

これだけ有名な観光地を巡った2ヶ月でしたが、旅のハイライトはやはりこのウィンダミアだったと、この原稿を起こした今、実感を新たにしています。

ツバメ号 土砂降りの雨の中でスーツケースをゴロゴロ引っ張り上げたのは、今となっては最高の思い出です。何でもない石垣や農家や羊を見ただけで感動していました。「ツバメ号」みたいなヨットが間切るところも生まれて初めて見ました。「夢はかなうものだ」ということを知りました。私は幸せでした。

・・・こんな旅はもう二度とできないでしょう。


つけたし

リンク集で紹介しているサイトのいくつかは、アーサー・ランサムや湖水地方の旅に関するものです。どれも力作で、はっきり言って、私のページよりもずっと参考になります。私はこれらを読んで、ランサムの舞台がウィンダミア湖だけではなく、その近くのコニストン湖と融合したものだということを初めて知りました。一日中ウィンダミア湖のフェリーに乗って感激していた私は大マヌケなのかもしれません。

でも旅には正解なんかないのです。肝心なのは自分が満足できたかどうかなのです。

湖水地方はもともとイギリス随一の景勝地なので、ランサムを抜きにしても十分に楽しめると思います。イギリス旅行の折りにはぜひ立ち寄られることをお勧めします。

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