えせバックパッカーの旅日記
ローマからバーリへ
このことに気づいたのは、航空券を手配した後だった。正直、「しまった」と思った。でも、フェリーというのは、最悪の状況---キャビンも椅子席も取れなくて、床に寝なくてはならないという状況---さえ覚悟していれば、当日にいきなり行っても、まず間違いなく乗れるものなのだし、第一、高いキャビンは案外空いているもので、当日でもまず間違いなく取れるはず。そう自らに言い聞かせ、フェリーのチケットはバーリで購入することにしたのだった。 午前中は、それまで行ったことがなかった近場のスポットをさくっと観光。駅のselfで昼食をとり、駅の地下のスーパーで食料を買い込み、これからに備える。 ホームに入ってきた列車は、ユーロスターだった。ということは予約必須・全席指定である。駅構内に掲示してある時刻表に"ES"と書いてあったことを思い出す。あれを見たのに気づかなかったのは大マヌケだ。そして、切符を買ったときに「予約はここではできないから、乗車した後でしてくれ」と、意味不明のことを言われたのは、こういうわけだったのだ。 とにかく、私には座席は無いのだった。私同様、予約していないバックパッカーたちが押しくらまんじゅうしている車両連結部に行き、なんとかスペースを確保し、床に座った。 列車は30分遅れで発車した。そして、遅れはどんどんひどくなるようだった。途中下車した人のあとに座れたのは、発車してから4時間以上たってから。すっかりお尻が痛くなっていた。 バーリには定刻よりも1時間遅れて到着した。駅前のバス乗り場で、乗車券売り場を見つけ、乗車券を買い、ついでに、港行きは何番かと尋ねると、言葉と身振りで「20/」と教えてくれた。「/」の記号が重要らしい。ほどなく「20/」が来ると、そのへんにいた人々は一斉に動いた。 みんな目的地は同じなのだ。バスに乗ると、ほんの5分ほどで港のフェリー乗り場に着いた。 |
バーリのフェリーターミナルバスを降り、人々の後についていくと、フェリーのターミナルの建物があった。そして、そこには黒山の人だかりがしていた。中に入れないらしい。いったい何事だろう? とにかく、その人だかりの後ろにつき、ひたすら待つ。
私の隣りにはアメリカ人の男性バックパッカーがいて、そばの人に「何があったのか?」と訊いていた。すると、背の高い男性が答えた。
私は彼女に倣うことにした。イタリアのすぐ隣りのフランスの人のほうが、アメリカ人よりもイタリアの流儀に慣れているはずだから。
ひたすら待った。
しばらくして、ようやく入口のドアが開いた。
建物の中が混乱することを避けるためか、私の目の前でドアが再び閉められた。また何十分か待たされ、再びドアが開き、ようやく建物に入る。今度は窓口にたどり着くまで、また延々と待たされる。
それほど長い列でもないのに。
ようやく私の順番になった。
ようやく(「ようやく」はこれで何回目だろうか?)チケットを手にし、
建物の外に出る。入場規制をしている係のおじさんに、チケットを見せると、腕を大きく回して「あっちだ」
再び引き返すと、ターミナルの建物のすぐ脇に通路らしきものがあり、人々が列を作っているのが見えた。
イタリアおやじはジェスチャーが大きすぎる。
そこに並んでみると、通路の真ん中には柵が設けられていた。
どういう区別をしているのだろう? 不安に駆られつつ、ほんの少しずつ進み、ようやくドアのそばまでたどり着く。
またしても、私のすぐ前でドアが閉められた。
案の定、クロアチア行きフェリーはずっと先にあった。 うとうととしかけたとき、キャビンのドアを開ける気配がした。 2人用キャビンを独り占めできたのかと思い込んでいたのだが、そうではなかったのだ。飛び起きて、そこら中に広げっぱなしの荷物をまとめ、相手の顔すらろくに見ずに、「グッドナイト」と言い、再びベッドに崩れ落ちた。 |