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えせバックパッカーの旅日記
アドリア海の風に吹かれて(3)

ドブロブニク到着

7月30日。
目覚めると4時だった。うとうとして、次に時計を見ると6時になっていた。エアコンの風にあてておいたTシャツとズボンは、まだなんとか着られそうだ。パッキングしている間に、二段ベッドの上段の人も起きだしてきた。カナダのモントリオールから来た女性だった。英仏語両方できるが、出身は英語圏らしく、それほどフランス語は上手ではない。 仕事でフランクフルトに行ったダンナと、ドブロブニクで落ち合うのだそうだ。

ドブロブニク。旧市街は丘の向こう側
キャビンの料金の中には朝食代が含まれているので、食べないと損だし、第一、夕べ、ほとんど何も食べずに寝たので、お腹はぺこぺこ。誘い合って朝食に行き、ハム、チーズ、パンを思う存分食べ、コーヒーを飲んでいると、窓の外に島が、そして、あれよあれよと言う間に、クロアチア本土と町が見えてきた。慌てて甲板に出て、写真を撮る。

初めて見るクロアチアは、明るくてなんとなく楽しげだった。町並みは、もちろんドブロブニクのそれである。ただし、新市街。旧市街は丘の向こう側なので、フェリーから見ることはできない。

というわけで、夜行フェリーでドブロブニクに入るのは、それほどロマンチックなものではなかったのである。バーリまでの所要時間、鉄道とフェリーの料金、そして、あのバーリの混乱---時期が時期だけに、特に混雑していたのだろうが---すべてを考え合わせると、普通の旅人にお薦めできるコースではない。(私のようにネタを好む人にはお薦めであるが。)

フェリーは定刻7時に到着した。
車のある大多数の乗客は下船までに時間がかかるが、身ひとつの私たちはさっさと上陸できる。ターミナルの建物から出て、ホテルまでタクシーで行くという彼女と別れると、おばちゃんが声をかけてきた。
待ってました! sobe(プライベートルーム)の客引きだ。


ドブロブニク1日目

sobeのある共同住宅入口
足元にいるのは猫
おばちゃんは言った。
「ここのすぐそばだよ。歩いてほんの3,4分」
私は旧市街のそばがいいの。
すると、おばちゃんはあっさり引き下がり、 おばちゃん2号が来る。
「うちは旧市街のそば。このへん(と地図を示し)。旧市街から15分。220クーナだよ」
4400円か、ドブロブニクは高いなあと思っていたら、今度はおじさん(とは言っても、きっと私より若い)が来た。
「うちは旧市街のすぐそばだよ。エアコン付きで250でどうだい」
すると、おばちゃん2号、「そっちの方がうちよりいいわ」と引き下がったのである。びっくり。おばちゃん2号、いい人だ!
おじさんは旧市街の写真を見せ、「うちはここだよ」と指さす。確かに城壁のすぐそばだ。でも、5000円というのはあまりにも高い。エアコン無しで4000円ぐらいのほうがいいのになぁ。
でも結局、そのおじさんの部屋に決めた。おばちゃん2号が「そこはいいわよ」と勧めてくれたのと、おじさんの「ぼくは車があるから、乗せていってやる」というセールストークが大きかった。

私の部屋
おじさんはイヴォさんといった。車に乗ると、「さっきの女性のsobeは旧市街から20分かかる。バスに乗ったりしたら、そのたびにお金がかかってしまうから、結局、うちのほうがトクだよ」と言う。それはそうだ。

イヴォさんは運転しながらカーラジオを点け、ある局に周波数が合った瞬間、「ちっ、これはセルビアだ」と吐き捨てるように言い、他の局に変えた。このフレンドリーな人からそんな言葉が飛び出すとは。クロアチア人が、いかにセルビア嫌いであるかということを、第1日目の朝にして実感。

イヴォさんの家は、旧市街をとりまく城壁の、いちばん高い塔のすぐ裏手の、共同住宅の2階だった。建物の外壁には「sobe」の表示がある。まだ部屋の準備ができていないからと、台所に通され、ジュースと果物をサービスしてもらっていると、男性宿泊客がやってきた。これからイヴォさんの車で空港に送ってもらうのだというアメリカ人の彼は、「ここはいいよ。君はラッキーだ」と言い残して去っていった。

ドブロブニク旧市街の急坂
お小遣いをもらって部屋の掃除とベッドメイキングを任されたのはイヴォさんの息子。10才くらいだろうか。ほどなく「準備できたよ」と声をかけてくれた。

シャワーを浴び、洗濯して、部屋でひと休みしていると、外はざんざん降りの雨になった。あらー、困ったな、私、今回は傘どころか、雨合羽のたぐいさえ持ってこなかったのだ。

雨足が弱くなった頃合いを見計らって、でかける。 旧市街の北側の駐車場のそばにある口から旧市街に入ると、目の前には、予想以上にドラマチックな景観が広がっていた。 狭い路地。階段がないと上り下りができないほどの急坂である。視線を上にやれば、はるかかなたに教会が見える。

時計塔
その道をずんずん下ると、メインストリートであるプラサ通りに出た。左を見れば、有名な時計塔。それを背にして旧市街の玄関口であるピレ門まで行き、戻ってきたら、にわかに雨足が強まってきた。行き当たりばったりに土産物屋に入ると、2軒目の店で折り畳み傘を売っていた。しかも、最後の1本。お値段は28クーナ。迷わず購入した。

傘をさして、さらにうろうろ。クロアチア内戦の写真が展示されているという「War Photo Limited」に入り、内戦のときにクロアチアとドブロブニクがどれほどひどい状況だったかをお勉強する。

次にプラサ通りに面した 聖ブレーズ教会というのに入ってみたら、ミサをやっていた。知っているメロディが流れているのにちょっと感動する。

海洋博物館にて
そろそろお昼。この町のレストランは、かなり競争が激しいのだろう。そばを通りかかっただけで、メニューを見ろとか、こっちへ座れとか、非常に商売熱心である。そういうレストランの1軒で、イカフライと白ワインをとった。揚げたてのイカは熱々で美味しかった。お値段は、イカが69クーナ、ワインが29クーナ、テーブルチャージが8クーナ、しめて106クーナ。ワインを取ったとはいえ、1回の食事に2000円かかってしまうのは割高だなあ。

レストランから出ると、雨はすっかり上がっていた。

お次は 海洋博物館。たいしたことはないだろうと予想していたとおりだった。でも、現代のドブロブニクで、多少なりとも「商船の行き交う、いにしえのアドリア海」に関連のあるスポットといったら、これ以外には無い。そういう意味では必見である。

登るのはたいへん
その後、路地裏探索をしているうちに、昨日の疲れがどっと出てきたので、ソフトクリームを食べて糖分を補給し、水を買い、部屋に帰ることにした。イヴォさんの家はとても近い。それはほんとうだ。でも、たどりつくまでに、急坂の階段を登らなければならないのが盲点だった。

部屋に戻ったのは4時だった。 ベッドに横になったら、意識を失った。

廊下の人声で目を覚まし、時計を見ると12時近かった。しまった、寝過ぎだ! 私の部屋は朝からずっとエアコンを付け放しだった。暑いというより、消し方がわからなかったためだ。トイレに行ったら外も涼しかったので、これはいくらなんでももったいないと思い、イヴォさんに消し方を訊いたら、「コンセントからプラグを抜け」とのことだった。

昼間あれだけ寝ても、寝過ぎとということはなかったらしい。 ベッドに入ったら、間もなく眠りに落ちた。

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