[HOME]

えせバックパッカーの旅日記
ベルリン2005年夏(2)

美術館のはなし

<2005年撮影>
フンボルト大学のあたりから博物館島方向を
望む。ここも工事の真っ最中
「今回のベルリン行きの目的」といえるほどのものではないが、「ベルリンでできたらいいな」と思っていたのは美術館巡りだった。 東西統合以来、ベルリンは大がかりな美術館・博物館の再編に取り組んでいる。 1990年に行ったときの「世界の美術館・ドイツ編」の記事は、現状とは全く違ってしまっているらしいのだ。

しかしながら、再編中ということは、閉館中の美術館もあるということである。そう思って ベルリンの美術館・博物館総合公式サイトを見たのだが、どこが閉館中なのかは判然としなかった。 ガイドブックにも「現地のインフォメーションで確認せよ」と書いてある。だから、宿に荷物を置いて、真っ先に行ったのは、テレビ塔の真下のインフォメだった。 でも、インフォメ前にたどり着いたら長蛇の列。し、信じられない・・・。15年前、まだ書類上は東ベルリンが存在していた頃のテレビ塔は、のんびり閑散としていたのに。

<1990年撮影>
テレビ塔
<2005年撮影>
今も同じ姿のテレビ塔

インフォメで確認することをさっさと諦めた私は、運を天に任せて、ポツダム広場の先にある再開発地区にある、文化フォーラムというところに向かった。

ポツダム広場で地下鉄を降り、ぴかぴかに輝くソニーセンターを通り抜ける。 この先が、いくつかの美術館とコンサートホールが集められた、文化フォーラムである。

見えていてもなかなかたどりつけない大きな建物群にようやくたどりつき、 絵画館を見つけ出し、 チケット売り場で「アイネ・ターゲスカルテ、ビッテ(=1日券をください)」と言うと、売り場の女性はこう言った。
「でも、今は旧ナショナル・ギャラリーも、新ナショナル・ギャラリーも、閉館中で見られないのですよ」
えっ!?
半分予期した答えだったが、やっぱりちょっとショックである。

しかたがないので、絵画館だけのチケットを買って見たのだが、これがものすごく大きい美術館で、1つ見ただけでへとへとになってしまった。1日券なんか買って他も見た日にゃ、いったいどうなったことか。

翌々日、朝一番にテレビ塔の下のインフォメに行った私は、空港バスの発着場所や時刻表をもらうついでに、こう尋ねた。
「今、ベルリンのいくつかの美術館は閉館していると聞いたけれど、どれが閉館しているのですか?」
インフォメのおじさんの答えは明快だった。
「全部開いてます」
えっ?! おととい2館も閉まっていたのに?
私は眉をツバでべとべとにして、再度問いかけた。
「ほんとうに全部開いているのですか?」
「確かです」
おじさんは胸を張って答えた。

<2005年撮影>
旧博物館にて。ついに
ネフェルティティに会えた

この後、博物館島に向かい、 エジプト・コレクションが暫定的に展示されているという旧博物館に行ってみたら、ここは開いていた。このエジプト・コレクション、15年前は西ベルリンの郊外のダーレムというところにあり、見に行く時間がなかったのだ。

チケット売り場で、先日のように「1日券をください」と言うと、 売り場の女性はこう答えた。
「でも今は、旧ナショナル・ギャラリーも、新ナショナル・ギャラリーも、ハンブルク駅現代美術館も閉館中ですよ」
やっぱりそうじゃないか!

今のベルリンでは、 どこの美術館が閉館しているのか、インフォメすら把握していないのである。 正確なことを知っているのは、美術館関係者だけ。 だから、確かめるには美術館で訊くしかない。でも、訊きにいった美術館が閉館中ということだってあり得る。 私の場合、足を運んだ美術館がたまたま開いていたから、非常にラッキーだったのであった。


15年で変わったこと

今回一番驚いたこと、それは食事事情の変化だった。 特に旧東ベルリン地区が激変した。

1990年当時のポツダム(東独側)の バス回数券。8枚綴りで1マルク。

15年前に、東ベルリンの博物館島やテレビ塔を見に行ったときは、お腹が空いてもレストランやカフェが見あたらず、往生したものだった。ようやく見つけたすすけた食堂(私はあれをレストランと呼ぶ気にはならない)で何だかはっきり覚えていないが、とにかく非常につまらないものを食べたのだった。

それが今やベルリンは、チェーンレストラン&ファーストフードの都と化している。マクドナルドがかすんでしまうぐらい、世界中のありとあらゆるファーストフードチェーンが軒を連ねているのだ。その中には中華&アジアン系も少なくない。しかもこの中華アジアン、お味がけっこうまともなのである。アジア人旅行者としては嬉しい限り。

15年前、東ベルリンは、西ベルリンと比べ、物価が段違いに安い点が嬉しかったものだ。しかしそのおトク感は、そもそも(食べ物に限らず)商品を売っているところがきわめて少なくて、また、何か商品があったとしても、それはたいして購買意欲をそそるものではなくて、あまり意味の無いおトク感だった。(共産圏というのは元来そういうところだ。) しかし、「世界の美術館を斬る・ドイツ編」に書いたように、ペルガモン博物館を100円で見られたのは、超おトクであったが。

1990年当時の西ベルリン市内交通共通の 回数券。5回分で11.5マルク。紙質も旧東独のものとは段違いに良い。

そして今、観光客が段違いに増えた。

前項で書いたとおり、テレビ塔の下には長蛇の列があったし、ペルガモン博物館など、おそらく入るまでに1時間以上かかるのではないかと思われるほどの、人・人・人。「昔見ておいてよかった。しかもたった100円で」と心底思った。

戦前のベルリンの「銀座」であったと言われる、フリードリッヒ通り。ここも旧東ベルリンなので、15年前はなんとなく冴えない雰囲気だったが、今やすっかり華やいでいて、本来の姿を取り戻している(のだと思う。私は「本来の姿」を見て知っているわけではないので)。ここにフランス系デパート「ギャルリー・ラファイエット」があったので、入ってみたら、パリの本店とは段違いに高級感を漂わせていたので仰天してしまった。ステレオタイプな「おフランスの香り」を、これでもかというほどむんむんと発散している。

旧西ベルリンも変わった。

15年前、私の脳裏に一番鮮烈に脳裏に焼き付いた光景は、ツォー駅にほど近いクーダムの広々とした通りに立ちつくす瓦礫の山---カイザー・ヴィルヘルム記念教会---と、その向こうに君臨する高いビル---オイロパ・センター---のてっぺんに輝くメルセデス・ベンツのマークだった。 2005年現在、同じ場所に立って見ても、この2つはあまり目に入らない。周囲に高い建物がぎっしり建ち並んだせいである。 オイロパ・センターの方は別に見えなくてもいいのだが、カイザー・ヴィルヘルム記念教会が目立たなくなってしまったのは、残念な気がする。あれはベルリンの歴史の生き証人のようなものなのだから。


前頁へ 次頁へ
このコーナーのトップへ
HOME