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えせバックパッカーの旅日記
川の流れに身を任せ(16)

マダガスカルの地図

フィアナランツァの1日

目が覚めた。まだ身体がだるい。動きたくないが、少しはものを食べなければと思い、 8時に下のカフェに降りた。 カフェはがらんとしていて、 カウンターの係の女性が暇そうにしていた。 この国に来て以来、朝はコーヒーと決めていたのだが、 今日は大事を取ってココアにして、バゲットを半分だけ、こわごわ食べた。

フィアナランツァの市

食べ終わった頃になって、 別の宿泊客の気配がした。 フランス人の若いカップルだった。 「これはチャンス」とばかり、 かねてから興味のあった、この近所のティープランテーションのことを尋ねてみる。 これは、フィアナランツァから近いとは言え、徒歩では行けない場所にある。 タクシーをチャーターするのが普通のやり方のようなので、料金の相場くらいは、前もって知っておきたいと思ったのだ。 ところが、このカップル、着いたばかりなのかなんなのか、一向に要領を得ない。
「聞いたことがあります。いいところだそうですね」
この程度なのである。がっかり。

しかたがないので、 ティープランテーションは諦めて、 町の教会に行くことにした。 今日は8月15日、つまり聖母被昇天の祝日なので、 ミサが行われるにちがいない。 始まるのはたぶん10時ぐらいだろう。 こう思って、9時過ぎ、ホテルを出た。 目指すは大聖堂のある、Haute Ville(高い町。英語ではUptownというのか?)。 その名のとおり、町の高台の地域である。 地図を頼りに歩いていくと、 大きな通りがあり、市が開かれていた。 そこを行き過ぎ、刻々と熱さを増す日差しを 受けながら、ひたすら歩く。

マダガスカルの路地裏

たどりついた大聖堂は期待していたほど の建物ではなかった。それよりもむしろ、ここに来るまでに 通り過ぎた教会のほうが、よっぽど立派だった気がする。 それに第一、閉まっているではないか。 今日ミサをやらないなんて、どうなっているのだろう。  聖母マリアの祝日を祝わないはずがないと思ったのだが、マダガスカルでは、何か特別な事情があって、この日を祝わないのだろうか? それともこのカテドラルはカトリックではないとか? うーん、そんなことってあるのだろうか。

少なからずがっかりしたが、 このあたりの景色はことのほか美しかった。 この国にしては珍しく、緑が多く、 心が洗われる思いがする。 思いついて、 大聖堂脇の坂道をさらに上ってみた。 幅3メートルほどの小道だが、 だだっぴろい通りばかり のこの国では、小道というもの自体が、とても珍しいのである。 こんなところまで入り込んでくる 外国人旅行者はめったにいないらしく、 道行く人々が、私を「闖入者」として注目していることが、びんびん肌に感じられたが、 かまわず坂をのぼり続けた。 のぼりながら、私はだんだん興奮してきた。 両側に住宅が並び、 人々の暮らしぶりがかいま見える。 これはまさに、私好みの「路地裏」ではないか!

ずいぶん時間をかけてのぼったように思われたが、 もしかしたら、ほんの10分、いや5、6分程度だったのかもしれない。
これだけ歩けば十分だわ。
満足した私は、きびすを返した。

マダガスカルのあぜ道

市が立っているところに戻り、明日のためにバナナを買い求めた。 そろそろ疲れてきた。ホテルに帰ろう。 でも、 行きと同じ道では面白くない。 そう思って、脇道に入ってみた。 脇道はどんどん狭くなり、やがて 水田のあぜ道になった。 これは明らかにアジア人の私にとって、 なじみのある風景だ。 勝手に懐かしがりながらずんずん歩いていくと、いつの間にか農家の庭先に出てしまった。 呆然としてあたりを見回していたら、 農家の人が 「あっちだよ」と指さしてくれた。 そのあぜ道を歩き、最後は柵のようなものを乗り越えて、無事、 町に戻った。

ホテルの部屋に戻ったのは11時半。 楽しかったけれど、 もうへとへと。

テレビをつけ、 ベッドに倒れ込み、 そのまま眠った。ふと 目覚めてテレビに目をやると、 ローマ時代を舞台にした映画をやっていた。 何という映画だろうかと耳を澄ませたら、 台詞の中に「グラディエーター」という言葉が聞こえた。
とってもわかりやすいわ。
私は再び眠りに落ちた。

また目覚めると、 3時半になっていた。 起きなくちゃ。 明日もまた1日中タクシー・ブルースに乗って過ごすのだから、 お土産を買うのは今日しかないのだ。 先ほどでかけたとき、目星をつけておいた、 近所のスーパーに行き、 バニラ・ティーを購入する。

電車が来るというフィアナランツァ駅

ついでに鉄道駅まで足を伸ばしてみた。 この駅から、海岸のナントカという駅までだけは、電車が走っているそうだが、 こんなところにだけ鉄道路線があっても、(なにしろ首都を通っていないのだから)大して役に立つはずがない。 というわけで、この電車はむしろ観光名所として知られている。 素人目にも整備状態があまり良くなさそうな線路をしばし眺めた後、 タクシー・ブルース乗り場を下見して、 ホテルに戻った。

またベッドでごろごろする。 5時半、夕食にでかける。 レストランで野菜スープと プレーンオムレツを食べたら、 にわかにお腹が痛くなったが、 部屋に帰ってすぐ正露丸を飲み、 熱いお風呂に入ったら、元気になった。 今日も早寝。

そう言えば、夕食から帰ってきたとき、 ホテルのロビーにタクシーのドライバーがいて、 「明日この近所の観光をしないか」と声をかけてきた。
今頃になってそんな。朝来てくれればよかったのに。
もう明日はいないのよ。

 

タクシー・ブルース10時間の旅(その2)

5時起床。 ホテル2泊分約5000円を ユーロで支払い、チェックアウト。マダガスカル・フランを無駄遣いするわけにはいかない。 昨日が祝日だったため、いまだに両替することができないでいるのだ。 タクシー・ブルース乗り場には6時に到着。 チケットを買い、(予定通り)1時間待たされ、 7時に出発。

タクシー・ブルースの旅も、もう慣れたものである。 おととい通ってきた南部地域とは違い、 フィアナランツァ以北は緑豊かな耕作地が続く。 初めてタクシー・ブルースでアンチラベに行ったときは、 なんて人口密度の低い未開の地に来てしまったのかと思ったのだが、 今日の私の目には、その同じ土地が、人の手が十分に入った、きわめて文化的な地域として映る。 実際このあたりは、 マダガスカルの中で最も豊かなのである。 豊かな土地というのは、見ているだけでも嬉しい。 反面、 ツィンギーや南部地域の不毛の土地を、 もう二度と見ることができないと思うと、 一抹の寂しさを覚えてしまうのだが、 これは観光客の身勝手というものである。

1時頃、アンチラベに到着。 懐かしく思いながら周囲を見回したが、 見覚えのない通りだった。 ここで昼食。私は相変わらずバナナ1本で済ませたが、 アンチラベ以降のカーブの多い道で左右に振られても、 びくともせず、 マダガスカル最後のドライブを、心ゆくまで楽しむことができた。 5時、 アンンタナナリブ到着。

アンンタナナリブ

この後は、例によって、タクシーの客引きにつかまることになるのだが、 最初に乗ったタクシーが、途中でエンコした。 どうなることかと思っていたら、 ドライバーは車から降りると、徒歩で別のタクシーのところに行き、そのドライバーと話をつけた。 そのタクシーが 同じ値段でホテルに連れて行ってくれた。 車窓から眺めるアンタナナリブは、相変わらずほこりっぽく、ごみごみしていた。

その夜、ついに アンタナナリブ在住の知人との再会を果たした。 町一番美味しいという 中華レストランに連れていってもらい、温かいおかゆを食し、 生き返った。

翌朝、 夜が明けて間もない頃、私はマダガスカルを後にした。
飛行機の窓から見えるマダガスカルの 茶色の大地には、茶色の川が流れていた。
<完> (2003年8月)

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