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えせバックパッカーの旅日記
川の流れに身を任せ(2)

マダガスカルの地図

アンタナナリブという町

翌2日は土曜日。 マダガスカル航空のオフィスが開いているかどうかわからないが、 ダメもとで行ってみることにした。 なにしろ、マダガスカル航空というのは、直接アンタナナリブのオフィスでリコンファームしないと、 帰りの便に乗れなくなるという、それはそれは恐ろしいエアラインなのだ。

ここがアンタナナリブの市場

運良くオフィスは開いていた。無事リコンファームを済ませ、 ムルンダヴァからチュレアール行きの航空券を購入した。 チュレアールから北上してアンタナナリブに戻るつもり。

旅行前に考えていたコースはこれと全く逆で、「アンタナナリブからチュレアールに陸路で南下し、 チュレアールからムルンダヴァに飛び、 ムルンダヴァでツィンギーに行く努力をしてみる」というものだったのだが、 ウィリーの出現で、はからずもロンプラに載っていた「2〜3週間お勧めコース」と全く同じコース になってしまったわけである。ロンプラってすごいな。(なにがすごいんだか)

まだ時間があるので、市場に行ってみた。 ここの市場はスリが多いというので、ショルダーブックをたすきがけにした上に、ゴアテックスのジャケットを羽織り、前をしっかりとじた。 言い忘れたが、南半球にあるマダガスカルでは8月は真冬。しかも ここアンタナナリブは高原地帯にあり、大変に涼しいので、 ジャケットは必携なのである。 さらに、この日はどんよりと曇っていて、アンタナナリブの町は陰鬱な表情をしていた。こんなところからは一刻も早く立ち去りたいものだ。

市場をうろついた後、その脇の階段を上ってみた。 適当なところまで上がって、町を眺めたあと、 また降りてきたら、途中で大きな布の固まりに足をとられてつまずきそうになった。するとその布の固まりが動いた。 人間だったのだ。行き倒れになりかけの人間。

ショックだった。
インドのカルカッタあたりだったら、それなりの覚悟があっただろうから、 ここまでのショックは受けなかったことだろう。 でも、まさかここマダガスカルで、自分がそれに出くわすとは思いもしなかった。
この町には長居は無用だ。

ウィリー再登場

ホテルに戻ると、ウィリーは少し遅れるというメッセージが入っていた。 だったらもっとゆっくり町を見られたのに。 11時半、彼はやってきた。 そして「ツィンギーのツアーもできるようになりました」と言い出した。
でも私は1人だったら絶対に行かないわよ。
「大丈夫です。アンチラベに行ったドイツ人カップルと連絡がついて、 彼らも行きたいと言っているのです」

市場の中のドレス屋

またしても例のドイツ人カップル・・・。
実在するのか?  と疑念を抱きつつ、彼の言うまま、ツィンギーツアー代金250ユーロを支払ってしまうことになる。私はそれほどツィンギーに行ってみたかったのだ。
(さて皆さん、用意はいいですか? 大きく息を吸って、声を揃えて「馬っ鹿じゃないのーー!!!」)

ウィリーは今までに彼のツアーに参加した日本人が書いた感想文の コピーをくれた。それによって、 少なくとも過去に2人の日本人男性が、彼のツアーに参加したことがわかった。 払った料金も私と大差無い。とりたてて賞賛しているわけでもない、 ごくごく自然な生の感想だった。 とにかく、ツアーは実施されるのだ。 問題は「ドイツ人カップル」だ。 川下りツアーの出発点であるミヤンダリヴァツに、 ほんとうにドイツ人カップルはやってくるのだろうか?

この後、ウィリーは タクシーでタクシー・ブルース(=ミニバス)乗り場まで送ってくれて、 アンチラベ行きのタクシー・ブルースに乗せてくれた。 土曜日の午後のタクシーブルース乗り場はごったがえしていた。 混乱の中、私の乗るべき車を見つけ出し、いち早く座席を確保し、 ミカンとバゲットを買ってくれたのは、私という金のなる木に対する、彼なりのささやかなお礼だったのだろう。

アンチラベへ

私はミャンマーで所要15〜16時間の夜行バスを数回経験している。 だから、アンタナナリブからアンチラベへの3時間のタクシー・ブルースなど、たいしたことはないだろうとたかをくくっていたのだが、 その予想は大きく外れた。 道路はきれいに舗装されているのだが、右に左にと頻繁にくねり、 私は酔う一歩手前の状態に陥ってしまったのだ。 たった3時間でこのざまだ。こんなに体力が無くて、この先、マダガスカルの大地を走り回るなんてことができるのだろうか?

タクシー・ブルース

途中に1回トイレ休憩が入ったが、別にトイレがあるわけではなく、 そこらへんで用を足すのである。 こういうのもミャンマーで経験済みであるが、 ミャンマーでは、常に民族衣装であるロンジーという巻きスカートを着用していたので、わりと気楽だった。でも、今の私はズボン姿である。 幸いなことに、このときはトイレの必要性はなかったのだが、 これからの旅に対する漠とした不安感がよぎったことは否定できない。

ようやくアンチラベに着いた。車を降りた瞬間、タクシーやプスプス(人力車)の客引きに取り囲まれた。「アンチラベではタクシーは不要。プスプスに乗れ。タクシー・ブルース発着所から町までは5000Fmg(=約100円)」というウィリーの助言に従い、プスプスを選び、 プスプスの勧めるホテルに行った。 今年できたばかりだというそのホテルは、1泊102000Fmg(=約2040円)で、 素晴らしく清潔、しかもトイレとホットシャワー付きだった。 大喜びでチェックインし、 プスプスには、ウィリーの助言どおり、5000Fmgを支払った。

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