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えせバックパッカーの旅日記
ポルトガルのクリスマス(1)

計画

ポルトガルにクリスマスの時期に行くことになった。 こういうときは、クリスマスを旅の1つのイベントと考え、その雰囲気を満喫しようというのが、 私の常套手段である。 イブのミサに行こう。何にも使えないはずの25日は、移動日として活用しよう。

ポルトで見つけた可愛いお店
ミサはどの町の教会にしようか。

ポルトガルの巡礼地として最も有名なのはファティマだが、 あそこは聖母マリアが出現したと言われる場所だし、巡礼者が集うのは夏季の毎月13日だそうだ。 クリスマスに行くのは邪道かも。

こんなことを考えながら、ガイドブックを見ていたら、「ボン・ジェズス教会」という文字が目に飛び込んできた。 説明を読むと、ポルトガル国内では非常に有名な巡礼地らしい。しかも名前がジェズスときてる。 イエス・ キリストの生誕の日に行くなら、ここだ。ここがいい。

ドウロ川の対岸からポルト旧市街を望む
場所を確認したら北部だった。旅程の前半にこの地に行くのなら、ポルトinにしたほうがよさそうだ。 善は急げ。早速、旅行会社に電話を入れ、リスボンinをポルトinに変更してもらった。

ボン・ジェズス教会は、ポルトから電車で1時間少々のブラガという町から、バスで20分程度の場所にある。 ガイドブックによると、教会に 隣接して四つ星ホテルもあるという。 試しにそのHotel do Parqueというホテルのサイトに飛んでいってみたら、 高級なわりにはお手頃価格である。 よっぽど泊まってみようかと心が動いたが、 よく見ると、12月24日だけ数倍の料金に跳ね上がるのである。 敬虔なカトリック信者ならいざ知らず、 無宗教の野次馬にすぎない私には、不相応の金額である。

結局、ブラガの町中に宿をとり、情報収集してからボン・ジェズスに行くのが無難、という結論に達した。 もしかしたら、ブラガからイブの夜だけ、ボン・ジェズス教会行きのバスが遅くまで運行しているかもしれない。そういう手だてが無い場合は、ブラガの教会のミサに参加すればいい。なにしろブラガ自体が「祈りの町」と呼ばれるほど、宗教色が濃い町なのだから。


ブラガ

22日朝、エールフランスにてポルト着。飛び込みで安宿をとり、荷物を部屋に置いて即観光。

ブラガ行きの電車はぴっかぴか
翌23日の昼近く、バックパックを背負った私はブラガ行きの電車に乗った。 ポルトガルのローカル電車は、予想とは違い、非常に近代的でぴかぴかだった。

電車は定刻に近代的なブラガ駅に滑り込んだ。 駅の正面に伸びる道をてくてく歩く。 街頭のスピーカーから、「まきびと」などをはじめとする、クリスマス用の聖歌が流れている。なんだかとってもベタな感じである。 曲の合間に男性の低い無愛想なアナウンスが聞こえる。 どうやら「ブラガ市公共放送です」みたいなことを言っているようだ。

駅から歩くこと約10分。 ガイドブックであたりをつけておいた安宿は、ポルトの宿同様がらがらに空いていて、 一番安い屋根裏部屋を確保することができた。トイレ・シャワー・朝食・エアコン付きのダブルを1人で使って23ユーロである。

23ユーロの屋根裏部屋
ひと休みしてから、町の探索にでかける。 まずは腹ごしらえ。カフェに毛が生えたような安っぽいレストランで、 野菜スープとハムとチーズのホットサンドイッチを注文する。お値段は両方あわせて5.8ユーロ。

ポルトガルの野菜スープ初体験は、数年前にさかのぼる。 スペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラ発のバスツアーで訪れた、スペイン国境近くの一軒家のレストランで出されたそれは、さいの目に切った野菜がたくさん浮かんだ、コンソメスープだった。 素朴な美味しさがあり、とても気に入っていたので、 昨日もポルトのレストランでの夕食のとき、野菜スープをとってみた。 するとそれは、濃い黄色をしたポタージュスープで、ちらちらと青い野菜が浮かんでいた。見た目はカボチャのポタージュなのだが、一口食べてみると、不思議に懐かしい味噌汁の味がする。 繊細さこそないが、ほっとできる味。ガイドブックの写真を見たところ、この、ポタージュタイプのスープのほうが、ポルトガルの主流らしい。

コンソメとポタージュ。両方とも気に入っていたので、どちらが出てきてもいいと思って、今回も注文したのである。

出てきたのはポタージュだった。そしてこの後、ほとんど毎日のように、この味噌汁風ポタージュスープを食べることになる。それにしても、あの数年前に食べた野菜スープ、あれは外国人観光客向けに特別にアレンジされたものだったのだろうか? この疑問はこの原稿を書いている今もなお、依然として解けないままである。


あれこれ訊きまわる

昼ご飯の後、インフォメに行き、ボン・ジェズス教会のことを訊く。行き方はガイドブックに書いてあるので、わざわざ訊くまでもなかったのだが、一応確認し、その後、おもむろに
「クリスマスイブのミサは何時から始まるのですか?」
と切り出した。
インフォメのおばちゃんはひどく驚いた顔をし、同僚と何やら言葉を交わしてから、
「カテドラルに行って訊きなさい」
と、ぞんざいな口調で言った。なんだかひどく不機嫌そう。
なんでそんなに怒るかなあ? 
しばらく考えて、自分なりに答えを見つけだした。きっと、 ミサの時刻をインフォメで訊くなんて、言語道断ということなのだろう。

ブラガ
ご託宣に従って、カテドラルを目指す。どっちみち、ブラガ観光はするつもりだったのだから、この町の一番の観光ポイントであるカテドラルに行くことには、何の問題もない。カテドラルの正面入口に着き、ミサの時間割は?と思ってあたりを見まわす。何もない。フランスだったら必ず掲示物があるのに。

カテドラルに入り、 華やかな祭壇や、いい感じに古びた内部の見学を楽しむ。さて、どうしようか。人に訊こうにも、聖堂内には受付とかインフォメなんか無いのだ。 考えあぐねていたら、回廊の脇のドアの向こうにカウンターが見えた。そこは宝物館の入口である。受付担当とおぼしきおじいさんがいて、同年輩の男性たちと談笑している。

カテドラル前の道端で売られている
「馬小屋のキリスト」セット
もちろん普通のお店でも売っている
回廊をうろうろ歩きまわって、おじいさんが1人になるのを見はからい、カウンターに歩み寄った。 わかる外国語はほんのちょっぴりのイタリア語だけ、というおじいさんに、「イブのミサが何時に始まるのか知りたい」ということをわかってもらうのには、かなり手間取った。ようやく得た答え、それは「真夜中の12時」だった。

そうか、そういうことか。

ここポルトガルでは、イブのミサは本来の形式、つまり真夜中に執り行われるのだ。だから、 開始時刻を掲示して、人々に知らせる必要はない。そんなことをしなくても、来る人は来る(し、来ない人は来ない)ということなのだろう。それに対して、フランスの教会では、イブの夜は、教会ごとに、さまざまな時間割でミサが行われる。それだからこそ、教会の入口に時間割が貼ってあるのだ。また、フランスの場合は、ふだんは全く教会に足を運ばないけれど、イブのミサだけは行く、という人が非常に多いという。そういう人たちのためにも、時間割が掲示されるのだろう。

「日頃行かないボン・ジェズ教会に、イブだけは人々が大挙して押し寄せるため、その人たちを運ぶシャトルバスが運行されるかもしれない」という私の期待は、泡と消えていった。ポルトガルの人たちは、日頃から通っている教会のイブのミサに行くのだ。私のような物見遊山気分の(しかも信仰も持たない)外国人旅行者に都合の良い手だてなど、存在しない。誰に確認をとったわけでもないが、私はそう確信した。

ピスカイニョス博物館の厩舎
馬はお尻を向けていたのだろうか?
この後は町をぶらつき、昔貴族のお屋敷だったというビスカイニョス博物館を見学した。たった1人の見学者である私のために、係員のおじさんがついた。とは言っても、ガイドしてくれるわけではない。各部屋の鍵を持っていて、私のために各部屋の扉を開けてくれて、私が見終わるとまた鍵をかける、そのためにつくのである。

見学の順路の最後にある「ベルサイユ風」というふれこみの庭園は、おそろしく荒れていた。アズレージョ(白地に青で模様が描かれたポルトガル特有のタイル)で装飾された東屋もボロボロで、今にも崩れ落ちそうである。 1990年夏、 東独が西独に飲み込まれる直前に行った、ポツダムのサン・スーシ宮殿が脳裏によみがえる。あれも確かベルサイユを模したものだったけれど、庭園の手入れが行き届いていなくて、「こんなことでは東ドイツは立ちゆかないだろう」と思ったものだが、ここの荒れ方はその比ではない。ポルトガルという国は、そんなに貧しいのだろうか。金持ちではないということは知っていたけれど。それとも、夏だったら、もっときれいになっているのだろうか?

観光を終え、 ホテル戻る前に、バスターミナルに足を伸ばした。明日行くつもりのギルマランイス行きのバスの時刻を調べ、ナザレ行きのバスが25日も運行しているかどうかを確認するためである。

サンタクロースと犬がいる
ブラガの路地裏
ヨーロッパ大陸の常識としては、25日は休日ダイヤのはずである。でも、もしも万が一、(イギリスのように)完全運休だったら、旅程すべてを今から洗い直さなければならないことになる。

バスターミナルの窓口担当の男性は、ポルトガル語しか話せず、私の質問を理解してもらうのに大汗をかいた。ここでも最後の切り札になったのはイタリア語。ようやくなんとか話が通じると、彼は
「25日? バスはあります。このバス全部」
と言いながら、ブラガ発ナザレ行きの時刻表をくれた。
「トゥット(全部)?」
疑念をこめて私はイタリア語で尋ねた。
「トゥット!」
彼は力強く答えた。

実は前日、ポルトのバスターミナルでも同じことを訊いたのだった。そのときは英語が通じて、とても話が早かったのだが、答えは同じ「バスは全部あります」だった。

全部ですって? そんなことがあり得るのだろうか?

ブラガ
頭の中を疑問符で一杯にして ホテルの部屋に帰った私は、ガイドブックの巻末にある「バスの時刻表の見方」をたんねんに読み、もらった時刻表の豆粒のような注とつきあわせた。 この記号は何?・・・Excepto Domingos et Feriados=「日曜祝日は運休」・・・ほら見なさい、やっぱり全部なんかないじゃないの。
25日のナザレ行きバスは、平日の約半分だった。
ったく〜 1年中バスターミナルで働いていて、このざまである。窓口のおやじさんたち、あなたたちプロなんでしょ。25日と訊いたとたん、祝日ダイヤだということに、どうして思い至らないのかね。

今日の結論: ポルトガル人はあてにはならない。

夕食は、ショッピングセンターの中に入っていた中華コーナーで、「春巻き、ミックス炒め、チャーハンのセット」+ジャスミンティーをとった。しめて5.3ユーロ也。ちょっと油っこかったな。チャーハンをとったのは、セットメニューにはそれしかなかったからだけど、白いご飯のほうがよかった。お味はまあまあ。


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