えせバックパッカーの旅日記|
朝シャワーを浴びてすっきりしてから、8時ぴったりに朝食室に行くと、真っ暗で閉まっていた。
フロントに下りて、おにいさんに訊いてみると、なにやら慌てた様子で、
ホテルを出て、ボン・ジェズス教会行きのバスが来る停留所へ向かう。そう言えば、ポルトガルの市バスというのは、どこで切符を買うのか知らなかったなあと思い、バス停の脇のキオスクのおじさんに、「ボン・ディア!」と話しかけ、イタリア語で
後になって調べてみたところ、ポルトガル語で「切符を買うことができますか」は |
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階段はいわゆる「いろは坂」のように斜面にはりついていて、この建物---「ほこら」と言うべきか---のところで折れ曲がる。ほこらにたどり着くたびに、その内部の写真を撮り続けていったのだが、そのうちそれにも飽きてしまった。(帰国後、現像された写真を見て、案外よく撮れていたのに驚いた。)
(数え間違いがあるかもしれないが) 479 段で ポルトの町を見下ろせるテラスのようなところにたどり着いた。 ここからは、丘の上にそびえ立つ教会がよく見えて、絶好の撮影スポットなのだが、残念なことに、逆光だった。つまり、教会に登る階段は丘の西斜面にあり、教会それ自体は丘の西端にあるのだ。 朝日に照らされたポルト市街の眺めは、それはそれでよかったけれど、西日に照らされた教会も見てみたかったなぁなどと、欲深な私は思った。
さらに100段ほど登ると、 目の前に教会があった。バス停から教会まで、(たぶん)合計676段。
のんびり階段を降り、 下のバス停に着いたのは10時15分ぐらいだった。 10時40分のバスでブラガに戻る。来たときとは経路が違っていて、気が付いたら泊まっているホテルの前を通り過ぎていたので、驚いた。バスターミナルのすぐそばで下車することができたのは予定外の幸運。 11時5分発のギルマランイス行きのバスに乗れるかと期待したが、これは目の前で逃し、35分発に乗ることになった。 |
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イブの帰省ラッシュか何かなのだろうか。 道路が混んでいて、ギマランイスまで行くのにたっぷり1時間かかった。
くねくねした小道をたどると、小川が流れ、その向こうには平屋の家が、ひしめきあっていた。お互いにもたれかかるように立ち並ぶその家々から、子どもが走り出てくる。人の気配がするほうに目をやると、共同洗濯場があり、女性が2人、手で洗濯をしている。洗濯場の脇は共同の物干場があり、色とりどりの洗濯物が、やわらかな冬の日に照らされている。 身体の底から懐かしさが突き上げてきて、
私は震えるほど感動した。そして混乱した。
これはアジア、アジアそのものだ。でも、
確かここはアジアではなかったはずだ。いったい私は今、どこにいるんだったっけ?
アジアだったら、人々は外国人がカメラを向けることをあまり嫌がらないし、特に子どもの場合、写真に撮られることを、親さえもが喜ぶことが少なくない。 でも、ここはアジアではないのだ。いくら似ていても。ここの人々も、写真に撮られて喜ぶアジア人ではない。 残念だが、写真は諦めよう。 後ろ髪を引かれる思いで、私は引き返し、大通りに出た。ガイドブックに書いてあるとおりに進むと、ギマランイスの旧市街の中心であるトラウル広場に出た。 先ほどのような、 震えるほどの感動は覚えなかったものの、この町は予想以上に美しかった。 歴史を感じさせる落ち着いた佇まいの中に、驚くほど庶民的な広場があったりして、路地裏マニアである私は幸せに浸った。 うろうろ歩いていたら、ガイドブックに載っているレストランがあったので、ここで昼食にした。 注文したのは、いつもの野菜スープ、豚肉のロースト。つけあわせとしてポテト・にんじん・ブロッコリー。飲み物はミネラル・ウォーター。食後にコーヒーを取って満腹。比較的高級なレストランだったが、しめて14ユーロ也。
3時過ぎ、路地裏を満喫した私はバスターミナルへ向かった。 部屋に戻ったのは5時半だった。 |