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えせバックパッカーの旅日記
ポルトガルのクリスマス(3)

イブのミサ

何もわからないポルトガル語のテレビを点け、 ベッドに横になって本を読んでいるうちに、いつしか眠りに落ちていた。

11時、目覚ましの音で起き出す。 11時40分、フロントに下り、 鍵のかかった正面玄関を開けてもらい、 ブザーの場所を教えてもらってから 、夜の町を歩き出す。

ライトアップされたカフェ
町の中心の広場に面した大きなカフェが、華やかにライトアップされているが、ほとんどひとけがない。
ありゃぁ、ちょっとやばいかも・・・
こんな地方都市だし、しかも聖夜なのだから、追いはぎやひったくりが出るはずがないと、私はたかをくくっていたのだ。 一応の用心のために、ショルダーバックをたすきがけにした上に、ゴアテックスのジャケットを羽織っておいて、ほんとうによかった。

カテドラルの前に行ってもそれほどの人出はなく、 ちょっとあてがはずれた気がしたが、 聖堂内に入り、真ん中よりもちょっと後ろの席に座って待っていたら、12時数分前からどんどん人がやってきて、12時ぴったりにミサが始まったときには、席は9割方、ふさがっていた。

ミサはマイクがあまり良くないせいか、音響効果がいまひとつで、ちょっと期待はずれだったが、 みんなに合わせて立ったり座ったり、十字を切ったりしているうちに、つつがなく終わった。

意外だったのは、教会への献金をする人が少なかったこと。そして、「聖体拝領」(キリストの身体になぞらえたウェハースのようなものをもらうこと)に行く人が半分ぐらいしかいなかったこと。 フランスのイブのミサだったら、もっと多くの人が献金し、聖体拝領に行くのに。

ミサの帰り道
カトリックの信仰の篤さという点では、フランスよりもポルトガルのほうが上だと思っていた。 これはいったいどういうことなのだろうか?

帰国後、その方面に詳しい人に訊いてみたところ、 信仰の篤い地域では、その年に「告解」(神父に「私はこういう罪を犯しました」と告白すること)をしていないと、ミサのときに聖体拝領をしない、という人の割合が高いのだそうだ。 フランスの場合は、1年のうち、イブにしかミサに行かないという「なんちゃって信者」が多いから、 「せっかくミサに出たことだし」という軽いノリで聖体拝領に行く人が多いのだろう、ということだった。 献金も、ふだんはしていないので1年に1度くらいはしておこう、ということなのかもしれない。

ミサ終了後、人々はまっすぐ出口に向かわずに、祭壇のほうに向かって行く。いったい何があるのだろうと思ってついていってみると、 司祭が幼な子キリストのお人形を抱いていて、 みんな順番に、そのお人形にキスしていくのである。
なかなかベタな光景ではあった。

カテドラルから出ると、杖をついたおばあさんが1人で歩いていた。 後ろからそのおばあさんを追い抜きながら、 やっぱり聖夜には追いはぎやひったくりは出ないのだろうと思った。

午前1時、ホテルに到着。玄関のブザーを鳴らして入れてもらう。

熱いシャワーを浴び、十分に温まってから就寝。


ポルトガルのクリスマス

クリスマスの朝が来た。

ボロ・レイ
8時過ぎにフロントに降りると、昨日とは違うおねえさんが朝食を用意してくれた。
「今日はクリスマスだから」
そう言いながら彼女が指さしたのは、ボロ・レイ、ポルトガルのクリスマス・ケーキだった。 これは「王様のお菓子」という意味で、ガイドブックによると、クリスマスだけではなく、1月の初旬まで、ずっと食べるものらしい。 ポルトガルに来てから、お菓子屋さんのウィンドーで何回か見かけていたが、見るからに甘そうだったので、ずっと敬遠していたのだった。恐る恐る口にしてみると、意外や意外、それほど甘くない。これならいくらでも食べられる。 私としては珍しく、お代わりまでしてしまった。

クリスマスのディスプレイ(ブラガ)
ホテルをチェックアウトし、バス・ターミナルに向かう。町は死んだように静まりかえっていて、私以外に誰1人歩いていない。夕べは雨が降ったらしく、道が濡れている。
「今日はとっても寒いわ」
と、ホテルのおねえさんが言っていたが、ほんとうに身を切るような寒さである。

バス・ターミナルは、切符売り場以外、すべて閉まっていた。これではコーヒーの1杯も飲めない。 9時半、がらがらのバスは定刻どおり出発した。驚いたことに、このバスには暖房がなかった。じっと座っていると、冷気が足元からしんしんとしのびよってくる。膝掛けが欲しい。 寒いときは燃料を補給しなくてはならない。 私はクッキーの箱を開け、むしゃむしゃと食べ始めた。

ポルト市庁舎前にて。ポルトガルでは、このような等身大の「キリスト誕生ジオラマ」をよく見かける
12時10分、コインブラ着。ここのバス・ターミナルも、窓口以外、すべて閉まっていた。ナザレ行きのバスは13時30分発。それまでの間ずっと、火の気の無い待合室で待つのは耐えられない。ガイドブックによると、鉄道駅まで 徒歩で15分かそこらだそうだ。行ってみよう。町のカフェが開いているとはとても思えないが、駅に行けば、温かいコーヒーが飲めるかもしれない。もちろん、バスターミナルと同じ状況かもしれないけれど。とにかく歩こう。歩けば暖かくなるから。

シントラ王宮前のツリー
鉄道駅に通じる大通りに沿ってひたすら歩く。予想どおり、町は死んでいた。そして、たどりついた鉄道駅は、拍子抜けするほど小さかった。ポルト駅より小さいのはわかるが、ブラガ駅よりも小さいのだ。クリスマスだからカフェが閉まっている、ということではなく、もとからカフェなど併設していないようだった。

15分歩いてバスターミナルに戻る。まあ、次回のコインブラ訪問の予習にはなったから、いいことにしよう。 でも、この寒さには参ったなあ。何か飲みたい。水は持っているけれど、水を飲んでも暖かくはならないのである。 あーあ、日本だったら自販機があるのに・・・。あれさえあれば、コーヒーでも紅茶でも、温かいものが飲めるのに。

待ちこがれたナザレ行きのバスがやってきた。驚いたことに、ぴかぴかの二階建てバスだった。うきうきと二階に上がる。残念なことに一番前の座席はタッチの差で取られてしまったが。そして、ぴかぴかであっても、二階建てであっても、暖房は無いのだった。出発してしばらくすると、薄日が差してきた。身体がほんの少しずつ温まってくる。やれやれ助かった。それでも相変わらずうすら寒くて、身体の中に燃料を入れる必要を感じる。燃料はクッキーしかない。今日は朝から甘い物ばかり食べていて、もう口のほうは飽き飽きしているのだが、この寒さと戦うには、食べるしかない。

ナザレのホテル。夏仕様なので、
レースのカーテンしか無い
16時過ぎ、バスが急坂を下りながら、カーブを曲がった。と、その瞬間、広大な海と、真っ白な家々が目に飛び込んできた。
ナザレだ! ナザレに着いたんだ!

バスを降りた私を待ちかまえていたのは、客引きのおばちゃんであった。真冬でも客引きがいるなんて、この町はただ者ではない。

おばちゃんのプライベートルームは十分清潔だったが、建物自体が冷え冷えとしていたのが致命的だった。 ノーと言うと、おばちゃんは、近所のホテルに私を引っ張って行った。そのホテルはフロントに入ったとたん、ほんわか暖かかった。 ここならいいかもと思いながら見せてもらった部屋も、ほんわか暖かい。それでも、エアコンが付いていないのが不安だったので、フロントの人にそう言ったら、ヒーターを貸してくれると言う。暖房があって、3人泊まれる部屋(ダブルベッドとシングルベッドが置いてあるので)を1人で使って、トイレ・バスタブ付きで25ユーロ、しかも朝食込み。悪くない。ここにしよう。(注: 私はうかうかと向こうの言い値でOKしてしまったが、連泊するなら値引き交渉するべき。冬のポルトガルは、どこのホテルも閑古鳥が鳴いているのだから。) 客引きのおばちゃんは、私が「ここにする」と言うと、「良かったわねー」みたいなことを言って帰っていった。

ナザレ
荷物を置いて外に出ると、 ビーチ沿いの道には、うち寄せる波を眺めながらそぞろ歩きを楽しむ観光客がうじゃうじゃいた。 土産物屋が当たり前のように開いている。レストランも開いている。 まだ6時前で、食事の時間には早いのに。 ここは正真正銘のリゾートであり、この国の常識を逸脱した町なのである。

朝からまともな食事をしていない私は、一刻も早く、何かを食べたかった。町の中心の広場に面した、 見るからに外国人観光客向けのレストランに飛び込み、「バカリャウ・コジート(ゆでたタラ)」に挑戦してみる。食べた結果、特に美味だとは思わなかったが、ともかくもようやく、甘くないものを口にすることができたのだった。燃料を身体の中にしこたま詰め込み、さらに白ワインも飲んだので、1日中冷え切っていた身体が平常モードに戻ってきた。

夕暮れの海を眺めながらのんびり散策する人々を尻目に、まっすぐホテルに帰る。 部屋に戻るとすぐにお風呂の準備にとりかかった。熱めのお湯に身を浸すと、四肢がじんじん温まってくる。あ゙〜〜〜、極楽極楽♪ これで身体の芯までぽっかぽか。終わりよければすべて良し。今日はもう十分だわ。まだ9時だけど、さっさと寝てしまいましょう。 時差ぼけを直すのは明日からでいいわ。<完>(2004年12月)


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